あなたの《誰か》を教えてください！｜リアクション

あなたの《誰か》を教えてください！

　目覚めた瞬間、八神修は、ここは夢の世界だと理解した。
　いつも通りの自室、いつも通りの朝の気配。
　けれど、夢の世界の修の机の上には、覚えのない手紙が一通、置いてあった。
　手に取り、封を開ける。
　便箋には、美しい字が、整然と並んでいた。
「自分を探しに行きます、探さないでください……リンダアーク」
　手紙を読み終えた瞬間、「リンダ……」と、修は思わず口の中に呟いていた。
　リンダアーク。
　白と金の、輝くドレスを身に纏った淑女。
　修のろっこんが、擬人化された存在こそが、彼女だ。
　高貴にして高潔、自信家の彼女が、こんな手紙を残していなくなるだなんて。
（リンダは、俺の一番近くにいる存在だ）
　ろっこんは、ある意味では自分自身でもあると、修は感じている。
　だから、リンダアークが立ち寄りそうな場所は、何箇所か想像がついた。
「……待っていてくれ、リンダ」
　すぐに、家を出る。
　朝の空気、朝の風を存分に感じながら、修は、バイクに乗ってリンダアークを探し回った。
　星ヶ丘の、海が綺麗に見える場所。
　修の馬もいる、星ヶ丘ホースクラブ。
　図書館、学校、エノコロ岬……。
　数々の場所を巡りながら、修は、リンダアークの心へと思いを馳せる。
（自分を探す、ということは……自身の存在意義に悩みがあるのか？　……見つけたら、）
　真っ直ぐに向き合って彼女の言葉を受け止めたいと、修はバイクを急がせた。

「見つけた……！」
　修の声に、リンダアークはハッとして振り返った。
『……主』
　己をそう呼んだリンダアークの傍らへと、修はそっと腰を下ろす。
　目前には、陽の光を浴びて煌めく海。
「何となく、予感がしたんだ。だから、一度来た場所だけど、戻ってきた。すれ違いになったのかな」
『まさか、私を探していたの？　馬鹿ね。ちゃんと、自分で戻るつもりだったわ』
「でも、俺の傍を離れたってことは、何か思うところがあったんじゃないか？」
『……なんでもないわ。ただの、気紛れよ』
　その返事に、修は、彼女の気分を害さぬよう、胸の内だけで苦笑した。
　元より、素直に全てを明かしてくれるとは思っていなかった修だ。
　リンダアークの反応は、修が想像した、そのままのものだった。
（まったく、弱みを人に見せたがらないところは俺にそっくりだな）
　その感想も、口にはしない。代わりに、
「俺の傍が嫌になったのか？」
　と、修は尋ねた。即座に返るのは、
『違う！！』
　という、怒りを孕んだ、力強い声。
『その言葉、そっくりそのまま貴方に返すわ！　貴方は、私を必要としていない！』
「リンダ、それは違う」
　糾弾に、修は静かな、けれどはっきりとした口調で応じた。
「リンダは強いから、ここぞという時に力を揮うべきだ。……違うか？」
『……でも……』
「……君の気持ちは、俺も、よくわかるつもりだ」
　リンダアークは、貝のように黙り込んでいる。
　波音だけが耳に響く中で、修は言葉を続けた。
「君だけじゃなく、俺も辛い。そのことを知っていてほしい」
　伝え合いたい、互いに理解し合いたい。
　そんな想いを、修は自身の声に、言葉に乗せる。
　じきに――リンダアークは、疲れたようにゆるゆると首を横に振った。

『私は……私が持つ強い力を、主のために行使し、役立てたい』

「……うん」
『けれど、思うままにいかないこともある。私は……私はそれが……』
「……なあ、リンダ」
　リンダアークの細かな声の震えを察して、修はさりげなく、彼女の名を呼んだ。
「折角だし、どこか行こうか。変装したら人間の女の子に見えるだろうし」
『主？　それは、どういう……』
「映画でもショッピングでも。リンダの行きたい場所へ、今日はどこへでもお供しよう」
　言って、修は、リンダアークへと優しく笑いかける。
　恭しく手を差し伸べれば、気高き淑女の手が、ゆるりとそこに重ねられた。

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