あなたの《誰か》を教えてください！｜リアクション

あなたの《誰か》を教えてください！

　七夕を過ぎて間もなくの、とある休日の昼下がりのこと。
「お兄ちゃん、髪の毛結うの手伝って！」
　そんなふうに呼ばれて、鴻上彰尋は、洗い物の手を止めた。
　声の主は、彰尋の妹で、小学３年生の鴻上千里(こうがみちさと）だ。
「今日はね、ちょっとアレンジもいれたいの」
　ちょっぴりおませな口調で、千里は、早速、注文を付け始める。
「はいはい。今行くよ、お姫様」
　居間のソファに腰を下ろして、彰尋は、その前に座る千里の髪に柔らかく触れた。
「綺麗に梳かしてね、お兄ちゃん。つやつやじゃないと嫌だからね」
「うん、わかってる」
　言われるがままに、そっと髪を梳き始める彰尋。
　彰尋の弟――千里とは双子だ――が彰尋と一緒のソファで遊んでいるゲームの音が、ピコピコと響く。
「さて、と。本日はどのような風に致しましょうか、お姫様」
「とにかく、可愛いの！　アレンジは、大人っぽくしてね。お願いね、お兄ちゃん」
「可愛くって、でも大人っぽく、だね」
　ここまでは、特別な日、というわけではなくて、よくある日常の一幕だ。
　しかし、今日は。
　ポニーテール、三つ編み、シニヨン、ツインテール……等々。
　色んな髪型を、彰尋は慣れた手つきで結い上げていったものの、
「うーん、これも気に入らない？」
「だーめ！　母さんみたいなのがいい！」
「母さんのように、か……」
　鏡を手にした千里に言われて、彰尋は軽く握った拳を顎に当て、思案した。
　彰尋の母親は、髪を染めているし、パーマだってかけている。
　今日の千里の注文は、中々に難易度が高い。
「――ああ、そうか」
　ふと、思いつきに眼差しを晴らして、彰尋は立ち上がった。
「お兄ちゃん！　髪、まだ途中でしょ！」
「ちょっとだけ待ってて。ヘアアイロンなら、お姫様のご要望にちょっとだけ応えられるかもだから」
「ええっ！？　ほんとー！？」
　不服げに唇を尖らせていた千里が、きらきらと星が散るような声を零す。
（凄い食いつきだな）
　と、瞳を輝かせる妹を愛おしく思いながら、一旦、部屋を離れる彰尋。
　母親の部屋からヘアアイロンを拝借して戻り、千里の髪を、先ずはお気に入りのサイドテールに。
　ここで遂に、秘密兵器、ヘアアイロンの出番だ。
「髪があまり傷まないように、毛先の方だけ……っと」
　手鏡越しに彰尋の仕事ぶりを見ている千里の声が、ぱあっと華やぐ。
「そうそう……それで先っぽの髪を来るくるーって、ふわふわーっして……」
「うん、くるくるーで、ふわふわー、だね」

「わあ……！　ね、ね、どうかな？　お姫様みたく見える？」

　満面の笑みでくるりと振り向く千里は、とても可愛らしく兄の目には映った。
「うん、とっても素敵なお姫様だ」
　弟と一緒によく我儘を言うようになった千里だけれど、こうして喜んでくれるのは、やはり嬉しい。
（さて。次は、大人しく待ってた弟もかまわないと）
　弟は、彰尋の隣で、相変わらずゲームのピコピコ音を響かせている。
　拗ねてないかな？　と思いながら、
「ねえ、今日は何のゲームしてるんだ？」
　なんて、彰尋は、今度は弟の方へと顔を向けた。

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