月夜に届く笑い声｜リアクション

月夜に届く笑い声

イミテーションの夜

　皺の多い極彩色のシャツを着てジニー・劉が夜道をゆく。右手の指先に引っ掛けたビニール袋が乾いた音を立てた。
　足元には半透明の子供が纏わりついている。遊ぼうよ、と諦めることを知らない。時間にして十分以上は経っていた。
「存在を無視されてもめげないのか」
「無視してないじゃん」
　子供は即座に切り返した。ジニーは苦笑して、認めてやるよ、と言った。
「何して遊べばいいんだ？　自慢じゃねーけど、友達とかいた事なかったし」
「ボクが楽しいと思うことをしてよ」
「余計にわかんねーよ。仕方ねえな。俺の数少ない特技を見せてやるよ」
　ジニーはポケットから小さな立方体を取り出した。六面にそれぞれの色が割り当てられ、縦横の回転で色を揃えていく玩具である。
　ジニーは六面にざっと目を通して一分弱で揃えた。
「ま、こんな感じで六面を揃えるわけだ」
「根暗な一人遊びだな」
「ほっとけ。じゃあ、この知恵の輪はどうだ？」
　子供は露骨に嫌そうな顔をした。
「おまえ、正直だな。でも、俺と同じで友達いないだろ」
「いるよ、そこに」
　子供はジニーを指差した。やや頬が怒ったように膨れていた。
「そうだな、友達だ。これでお互に友達がいない状況から抜け出せたな」
　またな、と手を上げるジニーの前に子供が立ちはだかる。
「勝手に帰るな。まだ遊んでないぞ」
「いや、もう十分なんで」
　ジニーは隙を見て走り出した。
「鬼ごっこなら負けないぞ」
　子供は溌剌とした顔で追い掛けてきた。

　月の光も届かない、薄暗い建物の間にジニーは身を潜めた。荒い息はしばらく収まりそうにない。
「引き籠もりは、体力ねぇのに、こんなに走らせやがって」
　震える指で煙草に火を点けた。ジニーは深く煙りを吸い込んで、ゆっくりと味わってから吐き出した。壁に当てた背中がずるずると下がり、その場に尻を付いた。
　子供は隙間から顔を覗かせて、みーつけた、と嬉しそうに言った。
「休ませてくれ。体力が持たない」
「煙草のせいだろ」
　子供はジニーの隣に座った。
「遊びのあとの一服が、こんなに美味いとはな」
　ジニーは煙を輪っかにした。おお、と隣から驚きの声が上がる。何回もせがまれたおかげで、のんびりと煙草を吸うことができた。
「しかし、そんなに輪っかが珍しいか？　かわいい物好きの男の子なのか」
「なに言ってんだよ。ボクは女の子だぞ」
「それ、本当かよ」
　ジニーは子供の顔を見つめた。そして諦めたように目を逸らした。
「わかんねー。なんか、おまえってさ。俺と似てるよな」
「どこがだよ」
「……娘が流産で亡くなって、身代わりの女装を親に強要され、自分自身は否定された。そんな子供時代の俺にな」
「そんなややこしい話はわかんねーよ」
　子供の口真似に、わかんねーか、とジニーは笑って返した。
「もう一本、吸っていくか」
　視線を手元に落とし、横を向いた時には子供の姿はなかった。
「まさか、あの子供は俺の……」
　ジニーは輪っかの煙を吐き出した。ぼんやりと眺めて手で消した。
「おかしな夜だ」
　何事もなかったかのようにジニーは通りに戻っていった。

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