【海開き】賑やかな夏のはじまり｜リアクション

【海開き】賑やかな夏のはじまり

　海の家で軽い食事を済ませた嘉渡洲稀跡は砂浜の散歩を楽しんだ。スクール水着は太陽に照らされ、完全に乾いていた。
　――パン食い競争ね。
　吊るされたパンを見て判断した。その数秒後、僅かに頭を横に傾けた。
「ぬるぬる？」
　スタート地点に置かれた幟には『ぬるぬるパン食い競争』と印刷されていた。
　目は再び、海風に揺れるパンを見る。
　――知らないパン屋だから。
　スタート地点へと向かった。

　稀跡はスタート地点に立った。プルプルと身体が震える。
　――ぬるぬるの意味がわかったわ。
　青い舞台はオイルで濡れて異様にぎらついていた。
「スタート！」
　店主の声を受けても飛び出すことができない。一歩を踏み出すことが難しい。
　稀跡は足を前に出した。見事に素っ転んだ。仰向けの姿で緩やかに回る。
「痛くないわ」
　起き上がろうとして転んだ。今度は腹這いの姿となった。
「困ったわね」
　顔だけを上げて前を見る。両手をシートに置いた。何とはなしに後ろに押しやると前に滑った。
　――これ、いいわね。
　稀跡は腹這いの姿で滑った。両手が大活躍であった。パンの真下でゆっくりと止まる。
　稀跡は立ち上がろうとして転んだ。二度目も失敗した。
　仰向けの姿でぶら下がっているパンを眺めた。
「諦めないわ」
　静かに口にした。身を捻って俯せとなった。四つん這いの姿となる。呼吸を整えて一気に跳び上がる。パンを咥えた姿で横に倒れ、そのまま滑ってゴールを果たした。
　一番にはなれなかった。稀跡の手には参加賞のパンが握られていた。
　袋を開けてパンに齧り付く。断面に目を落とす。こし餡が覗いていた。
「美味しいわ」
　一言の感想を口にした。
　――お店に行きたいわね。その前にシャワーかしら。
　オイルに塗れた身体を他人事のような顔で眺めた。
　稀跡は海の家へと歩いていった。