【海開き】賑やかな夏のはじまり｜リアクション

【海開き】賑やかな夏のはじまり

　浮き輪をビーチ板に見立てて恵御納夏朝が泳いでいた。疲れると乗っかり、両手はオールとなって波間を進んだ。
　楽しい時間を過ごしながらもアルバイトをしている海の家に自然と目がいく。
「……戻ったほうがいいかな」
　小さな呟きは徐々に胸の中で大きくなる。
　夏朝は進路を砂浜に向けた。浮き輪に乗った状態で力強く両手で掻いた。最後は波を利用して滑るように砂浜に着いた。
　浮き輪を片手に持ち、小走りを見せる。
　その時、テントに目がいった。書かれている内容が頭の中にするりと入り込む。思わず、生唾を呑み込んだ。
　――銘柄当て、クイズで……ジュースもあって……。
「三千円の商品券！」
　目を見開く。欲しい物をブツブツと口にして指を折り曲げる。
　心は決まった。アルバイトをしている海の家に手を合わせる。明るい表情でテントに駆けていった。
　簡単な説明を聞いて空いているところに座った。
　各参加者の前に紙コップが置かれていく。夏朝は緊張した面持ちで下を向いていた。
「恵御納も参加するのか」
「え、八神君？」
　顔を上げるとエプロン姿の八神修が紙コップを持った状態で立っていた。
「手伝いをしているんだ。島のイベントに貢献しようと思ってね」
「そうなんだ。僕はバイトの休み時間に寄ってみたんだよ」
「そうか。ジュースの罰ゲームは、まあ、間違えなければ大丈夫か」
　修は鼻先を掻いて、じゃあ、と一言で引っ込んだ。
「罰ゲーム？」
　夏朝の疑問が解消されることなく、銘柄当てのクイズは始まった。
　一問目、夏朝は喉の渇きもあって一番で飲み干した。少し控え目に手を挙げた。
　店主はにっこりと笑った。
「そこのお嬢ちゃん、答えをどうぞ！」
「味が濃いから……たぶん、メェルチのブドウジュース、かな」
「正解です！」
　夏朝は両手を挙げて喜んだ。二問目が待ち切れないという風に満面の笑顔となった。
　次の問題を迎える。最初の人物が間違えた。
　二番手の夏朝に順番が回ってきた。目は激しく泳いでいた。
　――僕もさっきの人と同じ答えだったのに。どうしよう。
「答えをどうぞ！」
「こ、これは、ポォムジュース？」
「残念でした！　罰ゲームのブレンドジュース、猫かわいがりを飲んでいただきます」
　店主、自らが紙コップを運んできてテーブルに置いた。夏朝は怖々と中を覗き込む。けばけばしい色の液体が入っていた。手に持って揺らす。どろりとした感じが伝わった。
　――飲めない物は出さないと思うし。
　夏朝は一口、飲んだ。目が丸くなる。頬が窄まり、喉の辺りを頻りに触った。
　――猫さんが喉にじゃれついて、にゃーにゃー甘えてくる映像が頭の中でピカピカして。
「かわまぁぁぁいぃぃ！」
　訳のわからない造語が口から飛び出した。瞼を強く閉じてゴクゴクと飲んだ。
「おおぉっほほぉぉぉ！」
　両手を丸めて激しく上下に動かす。猫が憑依した状態となった。
「それじゃあ、ごきげんよう！」
　妙な言葉遣いで夏朝は浮き輪を持って早足で退場した。アルバイトをしている海の家に戻り、ガブガブと水を飲むのだった。