【海開き】賑やかな夏のはじまり｜リアクション

【海開き】賑やかな夏のはじまり

　寝子ヶ浜海岸に嘉渡洲稀跡はふらりと現れた。長い灰色の髪の一部を丸く結い上げる。服は純白のワンピース。どこかぼんやりした表情で海の家に入っていった。
　更衣室を借りて水着姿になった。頭には白いスイムキャップを被る。ロッカールームに貴重品を預けて砂浜に降り立った。
　翡翠に似た緑色の瞳を海に向ける。一言もなく、静かに歩き出す。賑やかな場所を抜けて海に素足を浸し、尚も前進を続ける。
　音を立てないで海に身を預けた。ゆっくりと泳ぎ始める。クロールで人気のないところまで行き、滑らかに身体を仰向けにした。背泳ぎとなり、何とはなしに空を眺める。
　泳ぎを止めた。緩やかな波に合わせて身体が揺れる。ゆらゆらと漂い、また泳ぎ始めた。
　平泳ぎで砂浜を目指し、立ち上がる。スイムキャップを外して海の家に戻っていく。

　スクール水着は肌に密着して均整の取れた身体を露わにした。感情の見えない表情と相俟ってミステリアスな雰囲気を醸し出していた。
　それとなく人の目を集める。稀跡は意に介さず、海の家に入る。通り掛かったアケーチ・タッマーキと目が合った。
　アケーチは紫色の左目で微笑んだ。
「お帰りなさいませ。アイオライトのお嬢様」
「ただいま、でいいのかしら。それと明智さん、私の名前は稀跡です」
「これは失礼いたしました。稀跡お嬢様、お席をご用意しました。こちらへいらっしゃってください、ふふ！」
　アケーチの後を稀跡が付いていく。
　――このような姿の執事が海の家にはいるのね。
　納得した顔でテラス席の一角に案内された。椅子に座るとテーブルに置かれたメニューに気付く。目は甘酸っぱい飲み物と濃い味を求めた。
「レモンスカッシュと焼きそばをいただけますか」
「畏まりました。他にご要望はありますでしょうか」
　稀跡は少しの間を空けた。
「面白い洋風の物があれば」
「では、ゼリンたんのようなキュートな食べ物をお持ちします、ふふふ！」
　一礼したアケーチは飛び跳ねるようにして厨房に向かう。
　稀跡は海を眺めた。陽光の加減で複数の青が重なって見えた。
　――ブルーフローライトのように綺麗ね。
　目を細めて揺蕩う色を楽しんだ。

　長細いグラスに薄いレモンが挟んである。稀跡はストローを使って喉を潤す。
　焼きそばの上では削り節が躍っている。濃厚なソースが麺に絡んで一口毎に香ばしい匂いに包まれた。
　最後に残ったのはデザートであった。皿の上に丸い物体が身を寄せ合っている。その一つに爪楊枝が刺さっていた。
　見た目はたこ焼きであった。オレンジ色のソースのような物が掛けられていた。
　稀跡は爪楊枝を使って一つを齧った。
　ほんの少し、表情が動いた。齧られた部分に目を落とす。
　――生地はたこ焼きで、中身には凍らせたパイナップルが入っているのね。このソースは甘酸っぱい。オレンジの味がする。
　稀跡は軽く平らげた。目は何かを欲してメニューに流れた。つらつらと見ていく。
「かき氷、いいかも」
　口にして空と海を眺める。
「ブルーハワイかな」
　軽やかに手を挙げて注文した。