【海開き】賑やかな夏のはじまり｜リアクション

【海開き】賑やかな夏のはじまり

　初瀬川理緒は人差し指を立てて、一番よ、と砂浜に戻ってきた。くるりと向きを変えて佐和崎紗月の到着を待つ。
「紗月、海の家でランチにしようよ」
「もう、そんな時間なんだね」
「楽しい時間はいつも駆け足で過ぎていくよね！」
　理緒の言葉に紗月は眩しそうな表情で笑った。
「そうだね」
　二人は揃って海の家に向かった。
「お嬢様方、お帰りなさいませ。お席のご用意をできております」
　佐藤英二が慣れた様子で案内した。奥まったテラス席で二人は向かい合わせに座る。
「今日のメニューはこのようになっています」
　理緒は一覧を見て即座に決めた。あとから紗月が一品の名を口にした。
「畏まりました」
　英二はにこやかな顔で一礼した。
　理緒は頬杖を突いた。やや唇を尖らせる。
「理緒ちゃん、急にどうしたの？」
「別にぃ、どうもしないわ」
　明らかに不貞腐れた態度で答えた。理緒は足を組んで横向きとなった。
　紗月は困った末に微笑んだ。
　二人の注文した料理が運ばれてきた。どちらもパスタであった。
　紗月は息を吸い込んだ。カルボナーラの濃厚な香りに笑みが零れる。フォークを使って丁寧に巻き取り、口に含んだ。
「ソースに溶け込んだチーズの香りがとても……」
　理緒の目が据わっていた。サラダにフォークを突き刺し、口の中に押し込む。不機嫌な顔で口を動かした。
「……確かに濃厚な味だけど、さっぱりしたサラダのパスタも美味しいよね」
「ま、仕方ないわ。あたし、グラドルだから。でも、こんな葉物ばかり食べているとイモムシになった気分になるわ」
　理緒は自嘲を込めて言った。
　紗月の目が優しくなる。
「理緒ちゃんは綺麗な蝶になって大空を飛ぶんだよね」
「上手いこと、言うわね。もちろんよ、みんなを魅了する立派な蝶になってやるわ！」
　一気に気分が上昇した。その後の会話は弾んだ。

「食べたら運動よ！　飛び込み台を目指すわ！」
「飛び込んだりするの？」
「もちろん！　紗月、行くわよ！」
　理緒は先頭に立った。逸早く海に飛び込んだ。紗月は心配そうな顔ながらも付いていった。
　飛び込み台に上がると理緒の興奮は急激に上昇した。挑むような顔で階段を駆け上がる。頂点に立つと紗月に向かって言った。
「絶対に気持ちいいから、紗月もこっちね」
「私は滑り台の方が」
　話の途中で理緒は飛んだ。両手を伸ばし、海中に吸い込まれるように消えていった。
　数秒で浮いてきて笑顔が弾けた。
「気持ちいいー。次は紗月の番よ。がんばって！」
「そうはいうけど、ここって高いよ。危なくない？」
　紗月は階段の途中で止まっていた。後ろを振り返ると曖浜瑠樹がにこにこしながら並んでいる。
「オレも何回も飛んでるけど、危ないことなんてないよぉ」
「そうなのね」
　強張った表情が和らぐ。自然と足が前に出た。ゆっくりと高みに上り詰めた。
　紗月は先端に立った。下を見ないようにして水平線の丸みを見遣る。安らいだ顔で軽く前に跳んだ。
　揃えた両脚から海中に沈んだ。数秒で海面に浮いた。仰向けになって薄青い空を眺めた。
　理緒がにこやかな顔で近づいてきた。
「どんな感じ？」
「……とても気持ちよかったよ」
　余韻を含んだ声で言った。