【海開き】賑やかな夏のはじまり｜リアクション

【海開き】賑やかな夏のはじまり

　どこか浮かない顔で佐和崎紗月は海の家の更衣室に入る。肩に掛けていた大きめのトートバッグから水色のビキニを取り出した。トップには波を思わせるフリルが取り付けられていた。
　目の前に水着を掲げて溜息を吐いた。
　――高校三年生の夏はあるように思えて、無いようなもの。期末試験が迫っている。本当は遊んでいる暇はないのだけれど……。
　そこに初瀬川理緒の明るい声が飛び込んできた。
「紗月、まだ？　あたしは水着に着替えたよ」
「今から着替えるわ」
「あたしが手伝ってあげてもいいわよ。手が滑っちゃうかもしれないけどね！」
　陽気な声で中に押し入ろうとする。紗月は言葉と手でやんわりと突っ撥ねた。
　――理緒ちゃんのテンションが、いつも以上に高くて押し切られたのよね。
　紗月は素早く衣服を脱いで水着姿となった。持ってきた鍔広の麦藁帽子を被ると自然に笑みが零れた。
「理緒ちゃん、お待たせ」
「本当に待ちくたびれたわ。早く海に行こうよ」
「ロッカーに荷物を入れてからね」
　今にも駆け出しそうな理緒を宥めてロッカールームに貴重品を預けた。
「今日は思いっきり、夏の海を満喫するわよ！」
「そうは言うけど、もうすぐ期末試験だよ。今年は二人とも、受験生だからね。理緒ちゃんには他にグラビアのお仕事もあるわけだし、勉強もしっかりやらないとね」
「紗月は心配し過ぎ！　グラドル企画が勉強の助けになっているから平気なのよ。『偏差値３０からの大学受験！　合格しないとグラビアアイドル引退！』ってアレよ」
　理緒は立てた人差し指を振りながら自信をちらつかせる。
「でも、Ａ判定ではなかったよね」
　紗月は穏やかな口調で理緒の自信を砕きに掛かる。
「そ、そうだけど、あたしってやればできる子なのよね。成績が花丸急上昇中じゃん！　この間までは模試がＥ判定だったのに今はＢ判定よ！　Ａ判定だって夢じゃない。天才って呼ばれる日も近いんじゃないのかな！」
「気は抜かないでね。せっかくの海だから、これ以上は言わないけれど」
「受験生に息抜きは絶対に必要だって！　今日は純粋に海を楽しもうよ」
　理緒は紗月の両手を握ると一緒に回るようにして踊る。
「理緒ちゃん、恥ずかしいよ」
「いつもの調子になったところで海に行くわよ！」
　理緒は溌剌とした表情で海の家を出ていく。紗月は慌てて横に並んだ。はにかむような表情となった。
　――理緒ちゃんの白のバンドゥビキニはシンプルだけど、グラビアアイドルだけあってとても綺麗で魅力的に見えるわ。
　紗月は半歩、遅れて歩いた。周囲の男性の目が理緒に集まる。
「紗月、なんか暗いよ。勉強のことは忘れて楽しく遊ぼうよ」
「勉強は関係なくて、理緒ちゃんと比べると私は地味かなって」
　紗月は俯く。理緒が耳に口を寄せてきた。
「可愛いよ、紗月」
　その囁きに紗月は顔を上げた。恋心を抱く乙女のような表情で理緒を見詰める。
「だから、今日は二人で海を楽しもうね！」
「……理緒ちゃん」

　紗月と理緒は並んで歩いた。熱い視線は二人に注がれた。
　――ありがとう、理緒ちゃん。
　紗月は穏やかな海を眺めた。少し先には飛び込み台が見える。
「あー、もうガマンできない！」
　理緒が突然、走り出した。
「待って、理緒ちゃん！」
　紗月も同じように走り出す。飛んで行きそうになる麦藁帽子を手で押さえた。
　理緒との距離が広がる。一足先に飛沫を上げて波に突っ込んでいった。
　――突然、どうして？
　頭の中の疑問を振り払う。紗月は近づこうと足を速めた。
「なーんてね！」
　理緒が笑顔で振り返る。両手を使って海水を浴びせてきた。
「もう、急に何するのよ」
　紗月は海水で濡れた顔を拭きながら片手で返した。理緒は横に避けて両手で海水を掬い上げた。青い空から煌めく粒が降ってきた。
「私だって」
　紗月は両手を使い出した。濡れることを前提で理緒に海水を浴びせた。周囲の人々も巻き込んだ。その中にはマンボウくんも含まれていた。
「あまりはしゃぐと危ないよぉ。怪我したら『きゅう～』ってなるから気を付けて、きゅう～」
　ふらふらとした様子で歩いていく。小さな子供達が笑顔で群がる。マンボウくんは、きゅう～、と鳴きながらも相手になっていた。
「気の毒だけど仕方ないよね！　紗月、泳ぐわよ！」
　理緒は海の中を走って最後は豪快に飛び込んだ。綺麗なクロールを見せた。
「私は帽子があるから」
　紗月は胸まで海水に浸かった。頭を上げた状態まま、平泳ぎで後を追い掛ける。
　二人は海の中でも存分に戯れた。

このページにイラストを設定する

【海開き】賑やかな夏のはじまり

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧