【海開き】賑やかな夏のはじまり｜リアクション

【海開き】賑やかな夏のはじまり

　旅鴉月詠は何も載せていないキャリーカートを引っ張る。側面に取り付けられた水色のアクリル板には活き活きとしたイルカが描かれていた。
　海の匂いが強くなる。
　月詠は人気のない路地に入った。持っていたスケッチブックを開く。氷菓子を売り歩く人物の絵の一部を指で擦った。ろっこん『絵空事』に封じられていた大型のクーラーボックスが吐き出された。速やかにキャリーカートに載せて氷旗を掲げる。
　一端の商売人の顔付きとなって寝子ヶ浜海岸に向かった。

　活気に沸く砂浜を月詠がゆく。小回りの利くキャリーカートを巧みに操る。
「糖分を補給しよう」
　クーラーボックスを開けた。整然と並べられたアイスキャンディーの一本を取り出す。

　麦藁帽子の鍔を少し上げた。顔に掛かっていた白い前髪を適当に分ける。セパレートタイプの水着は涼しげな私服のようであった。
　アイスキャンディーの先端を齧る。
「爽やかな甘さが身体に染み渡るようだ」
　美味しそうに食べる姿が絶大な宣伝効果となった。
「そこの可愛いお嬢ちゃん、おじさんにも一つ貰えるかい」
「お姉ちゃん、僕にもちょうだい！　パパ、早く早く」
「何味があるの？」
　中年男性から始まり、たくさんの子供が集まってきた。賑やかな声に引き寄せられるように若い女性まで現れた。
「いろんな味があるよー。フルーツ系は果汁が１００％だよー。かき氷と各種シロップを一緒に固めたアイスキャンディーは爽やかな甘みが後を引く美味しさだよー」
　軽やかな口上で宣伝に努める。
「抹茶やヨーグルト、おしるこを固めたアイスキャンディーもあるよー。それらがミックスされた欲張りタイプも人気だよー」
　人が殺到した。月詠は対応に追われる。
「これねー。お釣りは五百円。はい、これだねー。固いから歯に気を付けてね。これはデラックスタイプだから、五十円増しー」
　月詠はくるくると回る。八方から押し寄せる人々を次々に捌いていく。
「少し目が回るねー」
　それでも回り続けた。