ねこじま麺紀行・すすきの｜リアクション

ねこじま麺紀行・すすきの

【５】

　蕎麦屋『すすきの』と八重崎壱都の縁は入学した頃に遡る。
　入学式の日に五月の妹に連れられて来たのが始まり。あの時はどこぞに誘拐されるのかと肝を冷やしたが、今では友人の家ということで、しばしば通わせてもらっている。
　すすきのの暖簾をくぐった壱都は店内を見回す。昼を過ぎた時間ということもあり、お客の数はまばらである。
「いらっしゃいませー。……ん、確かあなたは妹のお友達の壱都ちゃんですね？」
「あ、はい。こんにちは」
「ごめんなさい。妹は今出かけてるんですよー」
「いえ、今日は近くに来る用事があったので、お蕎麦をいただこうかと……」
「そうなんですねー。こちらのお席へどうぞー」
　席へ通され、一息つく。
　本当はここでアルバイトをしている庚の様子が気になる……というのもあるのだが、それは口には出さないでおいた。
「注文はそうですね、かき揚げ蕎麦を」
「かしこまりましたー」
　どうやら庚は今日はいないようだ。庚は壱都の従兄にあたる。
　中学の頃からケンカに明け暮れていた無愛想な従兄なので、身内としては少しばかり心配である。
（迷惑をかけてなければいいんですが……）
　そんなことを考えている間にかきあげ蕎麦が目の前にやってきた。
　温かい蕎麦の上に音が聞こえてきそうなほどサクサクのかき揚げが乗っている。
　そこには実に食欲をそそられる風情がある、のだが……。
（やはり黒いですね……）
　じっと汁を覗き込む。
「どうかしましたー？」
「え……？」
　よほど食い入るように見ていたのか、五月が気になって声をかけてきた。
「ああ、いえ。生まれも育ちも京都なもので、関東風の汁を見ると故郷の蕎麦が恋しくなってしまって……」
「あちらは薄味ですものねー」
「はい。あっ、もちろんこちらのお蕎麦もとても美味しいです……！」
「ふふ、ありがとうございます。ゆっくりしていってくださいねー」
　ほてほてと去っていく五月の背中を見送りながら、余計なことを言ってしまったと少し反省。
（やっぱり関西風は地元に帰らないと無理かしら……？　そろそろ夏休みも近いし地元に……）
「ああ？　なんだ壱都じゃねぇか」
「って、庚兄さん！？　いたんですか……！」
「今、出前から戻ったとこだ。つうか、相変わらず食わないやつだな……一杯だけか？」
「え……？」
　そう言われて、壱都は蕎麦に目を落とす。
「三杯くらい食っていけ。金を落せ。売上に貢献しろ」
「か、金を落とせって、そんな下世話な言い方……というか、か弱い乙女が三杯も食べません！」
「本気になりゃいける」
「うう、まったく庚兄さんは本当にいい加減なことばかり……大体庚兄さんは……ん？」
　ふと、庚が店主に声をかけられているのに気づく。
「あ、ああ、出前……ですか？」
「ああ、また行ってくる」
「こほん……。まだいろいろ言い足りないですけれど、店の人や出前を頼んだお客さんの迷惑になってもですし、今日のところは見逃して差し上げます……むぅ」
「そうかい。あばよ壱都。三杯食えよ」
　ニヤリと笑って、庚は奥へと引っ込んで行った。
「だ、だから、食べません〜〜〜！」