＜花浴衣＞花衣まとう君へ｜リアクション

＜花浴衣＞花衣まとう君へ

「お姉ちゃん、お祭り楽しみだね」
　歩く道すがら、仙藤蒼の表情には、嬉しさを隠すことのない花のような笑顔が浮かんでいた。
「そうね」
　それに相槌を打ちながら、蒼の姉である仙藤紫が、妹とは対照的に、秀麗な唇に薄く微笑を作って隣を歩く。
　それは、夏祭りへ向かう途中のこと。夏祭りへと向かう二人の姿は、浴衣を身に付け、完全にお祭りの雰囲気に溶け込んでいた。
　

　昨年購入した、蒼が着ている鮮やかな青地に咲く朝顔と、合間をいきいきと泳ぐ金魚をあしらえた浴衣は、その可憐さと元気さを存分に引き立てている。蒼自身も、名前が『蒼』と『青』を掛けているからという訳ではないが、この色はとてもお気に入りでもあった。
「──うん、また着られて嬉しいかもっ」
　蒼が自分の浴衣姿を確認しながら、声を弾ませた。
「ええ。とても似合っていると思うわ」
「お姉ちゃんも、その浴衣すごく似合ってる」
　紫の浴衣姿に、蒼が自分のことのように破顔する。
　紫が着こなす浴衣は、白地に薄紫の紫陽花が咲いていた。紫の大人びた容姿に、清楚さと艶やかを併せ持ったその浴衣はよく似合っていて、妹の蒼とは異なる雰囲気をより一層際立たせていた。
　お世辞を言うような間柄でもない。お互いの言葉を嬉しく受け止めながら二人は歩く。

「それでね、この間カプセルギアで──」
　話題を振るのはいつも蒼の方。
　振るというより、今この寝子島では、姉に話したいことが溢れかえっているのだ。
「そうだったのね。でも、あまり危ないことには飛び込まないように──」
　紫は内容によっては窘めながらも、いつも蒼が楽しそうに話す様子をとても気に入っていたから、自然に聞き手となって、その先を促し話が進む。

　──そんな最中、急に周囲の空気が変わった。ふと辺りの景色が弛んだ気がした。
「え？」
　二人揃って足を止める。一瞬歪んだ視界の先には、全く見覚えのない景色が広がっていた。

　恵御納夏朝は、軽く結い上げた髪に薄橙の浴衣がよく似合う姿で、夏祭りへ向かう道を歩いていた。
　片手には、お揃いの浴衣を着せたパペットのハルくんの姿。
　楽しみに祭りに向かい歩く道。しかし、
「──え？」
　その瞬間、道が大きく歪んで、夏朝とハルくんは全く知らないところへ立っていた。

「ここは、植物園の入り口……？」
　軽く中を覗けば、仕切られた道とそれらしき草花の一部が目に入る。
　考える事しばし。
「神魂の影響かな？　……少し行ってみよう」

「不思議な所に、来てしまいましたね……」
　ほんの先程までいたアスファルトの歩道とは違う、緑と土の匂いをふんだんに含んだ風が、御巫時子の前髪を僅かに揺らした。
　背丈ほどで向こう側の見えない緑色の垣根の中、一区画だけ道が切り抜かれたように先へと繋がっている。

「【花と緑の祭】気になりますね……」
　入り口の前に、小さいがそんな立て看板が立っている。
「せっかくですし、お祭りの前に寄ってみましょうか……」
　そう思い、時子は緑溢れるその入り口に、そっと下駄を履いた細い足を向けることにした。

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