温泉街、夏花火、きらきらの思い出｜リアクション

温泉街、夏花火、きらきらの思い出

■エンジェルインザイシカワ
「ふふ……」
　バスを降り、まあるいつばのついた黒いソフトハットに手を添えるは、アケーチ・タッマーキ。
　外国人である。
　外国人なのだろうか？
　すくなくとも寝子島上空にあるという時点で日本っぽいが、生まれも育ちも異世界のほしびとである。
「ふふふ、ふふふふふ……私、ついに！　金沢へやってきましたよ……！　私インザ金沢！」
　帽子を放り投げる勢いで飛び跳ね、両腕をひろげてくるくるまわるアケーチ。
　――の肩を、その辺を箒で掃除していたおっさんがポンと叩いた。
「石川じゃ」
「えっ」
「ディス、イズ、石川じゃ」
「アイムソーリー……」
　実際そこまで気にしてる人いないとは思うけど、石川県のそれも七尾市の人に金沢って言うと悲しい顔をされることがある。アケーチは学んだ。
「では気を取り直して、ご一緒に！」
　アケーチとおっさんは肩を組み、一緒にジャンプした。
「「私インザ石川！」」

　大井温泉旅館。正式には和倉という温泉名で知られ開湯１２００年の歴史ある地である。名の由来は『湧く浦』からきていて海の入り江（つまりは海中）にいきなり温泉が湧いているので温泉と海がモロにつながっているのが特徴だ。
　が、長い歴史の中で小屋がたち旅館がたちバブルの波で破産し大企業に買い取られとなんやかんやあって、リーズナブルで景色がやたら良いふぜいある旅館……というポジションにおちついたのが現在の姿である。
「なるほどぉ……」
　ピンクで花柄の浴衣というなんとも風変わりな格好で頷くアケーチ。
　大手リゾート会社の手が入ったことで古風な旅館も今風のサービスが充実するようになり、浴衣はセレクト制となっている。色柄豊かな浴衣のなかから、自分のサイズと好みにあったものを選ぶのだ。
　俺は死んでないぞといわんばかりに温泉と旅館の歴史を展示するスペースをざらっと見たあと、アケーチは昼間の展望ロビーでくつろいでいた。
　海即温泉というだけあって旅館もほぼ海の上に立っている。というか、陸地からちょっと海にはみ出ている。
「この感覚……新鮮で愛おしい……」
　全面ガラス張りで目の前全部海という大胆なインテリアに、アケーチはぷるぷると震えた。

　しばし後、風景やら歴史やらワイファイのパスワードやらを眺めているうち、食事の時間がやってきた。
　昔は普通にレストランスペースと宴会場だったんだろうなあって場所に大量の長机と祭り屋台をどかどか並べたどこかやけくそ感のあるバイキングレストランである。
「私はしっかりと調べておりますよ。かなざ――加賀はお魚が有名」
　アケーチは刺身と焼き魚、煮付けあたりをちょちょっとお皿にとっていく。
「おっと、名物のどくろは外せませんね。お酒は……おお、ありますねえ」
　かかってこいよとばかりに日本酒をおちょこに並べるスペースに吸い寄せられていくアケーチ。
　その時間は自由と贅沢をひたすらに謳歌した。

　温泉旅館の核はやはり温泉。
　露天風呂がまさにそれなのだが、旅館のダイナミックさに比べて以外と小規模。
　しかし露天風呂という環境自体が楽しいようで、アケーチはうーんと何かに感じ入ってた。多分よそ様の肉体美を鑑賞していたのだとおもわれる。
「心の芯までアッツアツです、私……ハッ！」
　外でドンという激しい音がした。
　まるで身体を直接ゆさぶられるような衝撃に、思わず空を仰ぎ見る。
　びっくりするほど間近な、それは打ち上げ花火であった。
「なんという贅沢……たまちゃん感激です……！」
　手ぬぐいで頬をぬぐい、タマーキはしばしあがる花火を見つめていた。

このページにイラストを設定する