和菓子屋「萩屋」の夏｜リアクション

和菓子屋「萩屋」の夏

●和菓子の楽しみと労働の喜び

「大変な思いをしたね」
　吉住志桜里の肩をポンと叩き、矢萩秋は頑張ったねと褒めた。
「店主さんのフォローがなければ、どうすればいいかわからず泣いていました……」
「気持ちを切り替え、お客さんのことを考えて注文を考える。それだけでもすごいよ」
　その調子で頑張りな！　と励まし、秋は調理場へ。
　はい！　と返事をし、深くお辞儀をした志桜里は次の仕事に取り掛かる。

　注文したものが来たので、ウォルター・Bと倉前七瀬はさっそく食べ始めた。
　その時、寝子高製菓部顧問の白沢絢子が近づき挨拶を。
「こんにちは。ウォルター先生も食べに来たのね」
「白沢先生も食べたくなって来たと？」
「ええ。和菓子屋さんで涼みながら、お菓子が食べたい気分になったから」
　見た目楽しく、美味しいと評判がいいから楽しみと、注文するものをその場で考え始めた。
「お邪魔してごめんなさいね」
　中断させてしまったことを謝った白沢先生は、空いている彼らの後ろ側の席に着く。
「次来た時は、他のものも食べたいです」
　わらび餅を食べ終えた七瀬は、寝子まんじゅうを食べながら次に来た時に何を食べようか考える。
「倉前は気が早いなぁ。わらび餅というのは風流な和菓子だねぇ。見た目と美味しさ、甘さに感激だよ」
　風流な季節のお菓子を堪能できたウォルター先生はご満悦。そんな彼も、次に来た時は違うものを食べたいと思っていた。

　テーブル席と比較するとお座敷のお客様は少なめだが、皆、ゆったり気分で和菓子を味わっている。
「美味いな。美味いものは少しずつ。これが一番、贅沢な食べ方ってもんだぜ」
　そんなお客様のひとりである倉郷子竜は、そのような考えが根にあるので頼んだもの以外は食べないことに。
「お客様、麦湯をどうぞ。店主からの差し入れです」
　ご要望とあらば用意すると言っていたねーちゃん、店主だったのか、と秋のことを思い出す。
　冷房で身体が冷えるかもしれないと気遣い、秋は、一杯分の麦湯を用意した。
　あえて志桜里に運ばせたのは、彼女が頑張っていることを知ってもらいたいという店主心だ。
「気を遣わなくてもいいって言ったはずなんだが……せっかくだ、ありがたくいただくぜ」
　和菓子を食べた後に運ばれた麦湯を飲んだ子竜は「美味い……」と自然と微笑む。
　麦湯をゆっくり飲みつつ、周囲の声に聞き耳を立てて店内の様子を楽しむ。

「……吉住さん？」
　別席で抹茶ゼリーを食べ終えた鳴鏡院総悟は、追加注文しようと呼び止めた店員が志桜里だと気づいた。
「ここでアルバイトをしているの？」
「はい、今日から始めました。お仕事は大変ですが、お客さんが美味しそうに和菓子や洋菓子を食べているのを見ると、私も嬉しくなります」
　総悟も大衆食堂「うみねこ」でアルバイトをしているので、仕事の大変さ、お客さんが喜んでくれる嬉しさは良くわかる。
「ここの抹茶、美味しいね。仕事の邪魔をしてごめん。その制服、すごく似合うよ」
「ありがとうございます」
　教室と違う志桜里を見た総悟は、彼女の意外な一面を見た気がした。

　２人の会話を聞いた子竜は「若いもんはいいねぇ」と麦湯を一口。
　ゆっくり味わったお菓子を食べ終え、従業員を呼ぶと余ったお菓子を持ち帰りから用意してほしいと頼む。
　レジに向かう前に、総悟に話しかけた。
「お前さん、さっきのねーちゃんと知り合いか？」
「吉住さんのことですか？　僕のクラスメイトです」
「そうか。俺は帰るが、お前さんはゆっくりしてってくれ」
　そう言って、子竜はレジに向かって歩き始めた。残りは家族とわけ、少しずつ味わおうと思いながら。