和菓子屋「萩屋」の夏｜リアクション

和菓子屋「萩屋」の夏

●それぞれの注文

「僕は、風流な季節の和菓子が食べたいんだが」
　ウォルター・Bに訊ねられた倉前七瀬はメニューを見て、勧める和菓子を考える。
「これ、どうです？」
　七瀬が選んだのは、わらび餅と水ようかん。
「夏の和菓子といえば、やっぱりそれだよねぇ。僕もそう思ってたんだ」
　嘘や……と聞こえないよう、七瀬はボソリと呟いた。
　注文が決まったので、２人は側を通りがかった従業員に声をかけるなり注文した。
「同時に注文したから、店員さん、困っているじゃないですか」
「偶然タイミングが合っただけじゃないかぁ」
　担任に先に注文するのを譲った七瀬は、ウォルター先生の注文が終わるのをじっと待つ。
「僕は、わらび餅と水ようかん。倉前は？」
「定番の寝子まんじゅうとわらび餅にします」
　和菓子が来るまでの間、２人は楽しみだと期待に胸を躍らせた。

　その頃、倉郷子竜はどれにしようか迷っていた。迷った時は、店員に聞けばいい。
「あー……そこのねーちゃん、ちょいと聞きてぇんだが」
　喫茶スペースの片づけに向かう途中の吉住志桜里を呼び止め、こういうのは大丈夫かと訊ねた。
「美味そうなもんが多くって、選びきれねぇんだわ」
　定番和菓子、夏の和菓子、洋菓子といろいろなお菓子がある。どれにしようか決めかねるのは無理もない。
「それに、腹具合がどこで満足してくれるか分からねぇ。分けて出せるもんは分けて出してもらって、食いきれなかった分は包んでもらうってのはできるのか？」
　アルバイトを始めたばかりなので……とは絶対に言えない。これはお客様に対して失礼なことだ。
　一所懸命アルバイトに励んでいた志桜里だったが、どう対処すればいいのかわからず困ってしまう。
　その様子を見逃さなかった矢萩秋は、これはまずい状況さね、と自分の仕事を中断し、代わりに対応する。
　子竜から話を聞くと、そういうことか……と納得した。
「お客さんのような注文する人、けっこういるんだ。食べきれなかった分は包んだり、箱に入れたりしてお持ち帰りできるよ」
　朝早くに、職人が丹精込めて作ったものを捨てるのはもったいない。
　注文したお菓子をお客様が食べきれなかった場合、その分を持ち帰らせようと提案したのは秋だ。
　定番和菓子は半紙に包んでから和柄の紙袋に入れ、夏の和菓子はプラスチック製の専用容器に詰める。
　洋菓子は紙箱に詰め、アイス各種は、どのくらい時間がかかるかを聞いてからドライアイス同梱。
「サービスいいじゃねぇか」
　
　助けてもらってばかりじゃ立つ瀬がない。何かしないと……と志桜里は考える。
「分けて出す、お持ち帰りするのでしたら、わらび餅はいかがでしょう」
「そうだな……それじゃ、わらび餅を。それと、甘さ控えめのもんを何か頼みたいんだが」
「腹具合が気になるとのことですので、フルーツ寒天よせはいかがでしょうか？」
　甘さ控えめといったらこれです、とフルーツ寒天よせを薦めた。
「店のもんに頼めば、お持ち帰りの準備できるよ」
「親切に教えてくれてありがとうよ。これで心置きなく食えるってもんだ。それじゃあ、わらび餅とフルーツ寒天よせを」
　もうひとつ聞きたいことがあるんだが、と秋に「麦茶は冷やしてるヤツだよな？」と訊ねる。
「冷ます前の麦湯はあるか？」
「冷たいものしかないけど、ご要望とあらば用意するよ」
　気を遣わせてしまったようなので「んじゃ、いいや」と断った。
「麦茶ってのは、本来はそういうもんだぜ。冷えてんのは店内だけで十分だ。気を遣わせて悪かったな」
　夏だからな、と子竜は頭を掻きながらお座敷に向かった。