少し、昔の話をしよう｜リアクション

少し、昔の話をしよう

　パソコンの前で、中学生の千歳飴楓子は殆どの時間を過ごす。
　楓子が、時間や、労力や、その他色々なものをつぎ込んでいるのは、オンラインゲーム。
　所謂、ネトゲというやつだ。
　ネトゲは、楽しい。
　でも、常にログインしていないと、すぐに、置いていかれてしまう。
（ああ、忙しい）
　画面の中のキャラを滑らかに動かしながら、楓子は胸中にひとりごちた。
　金色のロングヘアが額に垂れ、それがうっとおしくて些か乱暴にかき上げる。
（全く、学校に行ってる暇も無いな）
　そこまで考えて、「……あれ」と楓子は気付く。そうして、
（最後に学校行ったのいつだっけ？　……あ、レア報酬ドロった）
　なんて、キャラを操作する手は止めないままに、頭に疑問符を浮かべるのだ。
（思えば、最後に人と会話したのは……）
　ぼんやりと幼馴染の顔を思い浮かべて、「いや、違うな」と頭の中で呟く。
　なら、家族？　短く見積もっても、１週間は会っていない。
（――ああ、カップ麺買いに行った時のコンビニ店員だ）
　画面の向こうの人とはずっと話をしているのに、なんてちぐはぐなんだろう。
　楓子は考える。
　手は止めないまま。止めれば、すぐに、負けてしまう。追い付けなくなってしまう。
（なんとなく、このままじゃ良くないのはわかってる）
　重ねてになるが、ネトゲは、楽しい。
　それなのに、人生がつまらないのは、何故だろうか。
　思案しながら椅子の背もたれに体重をかけて――楓子は、そのまま背中から転げ落ちた。
「ぐああっ」
　痛い。これは結構洒落にならない感じで痛い。
　いててて……とじんじんする背中をさすりながら身を起こして、楓子はハッとなった。
「……む。やばい……楓子のガラケーが真っ二つに……」
　正直、パソコンがあればケータイなんていらない、とは思う。
　けれどまあ、一応買い直すか、と、楓子は部屋を出た。
「お父さーん、携帯屋に連れてってくれー」

　ガラケーの代わりにスマートフォンを購入して部屋に戻ると、ネトゲはメンテナンス中だった。
「そういえば、スマホではアプリゲームなるものが遊べるんだったか」
　ネトゲができない、となると、何とも手持ち無沙汰だ。
　楓子は、評価の高いゲームを、適当にダウンロードして、プレイし始めた。そして、
「楽しい！　ガチャ、楽しい……！！」
　数十分後、そこには、スマホゲームに夢中になる楓子の姿が。
　チュートリアルで直感で選んだキャラが、楓子的に大当たりだったのだ。
「この黒髪ロングのアイドル、推せる……今だけの限定ガチャ……絶対に欲しい……！」
　奇しくも、そのキャラは、イベント限定ガチャでピックアップ中。
　楓子は、序盤に大盤振る舞いされる無料コインでガチャを回して、回して……見事に、爆死した。
「ハッ、無料コインが尽きた。……何？　有料コインがあればすぐに回せるだと？」
　その時、楓子はふと思い当たった。
　あれほど必死にログインしていたネトゲのメンテが、とっくに終わっていることに。
「……いいや。コンビニ行って課金カード買ってこよ」

　そうして、いつの間にか、パソコンに触る時間はめっきり減っていた。
　殆どずっと、スマホゲームをしている。
（スマホは、トイレの中にも持って行けて良い……）
　とか何とか胸の内にひとりごちたその瞬間、楓子の頭の中で、一つ、小さな光が弾けた。
「……外にも持って行けるな」
　明日は学校、行ってみるか、と、楓子はデイリーのクエストをこなしながら、考えた。

◇

　そして――楓子は今も、スマホゲームの虜である。