少し、昔の話をしよう｜リアクション

少し、昔の話をしよう

　白いセーラー服が、窓から射し込む春の日差しを受けて、眩しく光る。
　今年、中学３年生になる恵御納夏朝が茨城の中学校へと転校してきたのは、中学２年生の２学期だった。
　近所の幼稚園で行う催しについての相談の最中だから、教室の中は賑やかで、でも、
（…………）
　夏朝は、その輪に加わることなく、ぼんやりとして、級友達の声を耳に聞いていた。
　多分、きっと、大丈夫だとは思っているけれど、どうにも頭がぼうっとするのだ。
「人形劇の人形、口がパクパクするやつがいいよね」
「大変だけど、作るかあ。俺は、狼にしようかな。カッコいいやつ」
　クラスメイト達が、明るく声を交わし合っている。
「でも、狼って、童話とかじゃ大抵悪役だよ？　確かに、本物はカッコいいけどさ」
「マジ？　じゃあ、何か他の動物を……」
　人形劇。人形。動物。
　夏朝は、聞き留めた言葉達を頭の中で繰り返して、そして、
「……僕、猫さんが良い……」
　知らず、ぽつりと、呟いていた。
　近くの席の子が、「恵御納さん、猫がいいって！」と興奮気味に声を張る。
　教室のざわめきが驚きの色を帯び、クラスメイト達の視線が、一斉に夏朝へと注がれた。
「あの……猫さんが良い……です」
　思いがけず注目を浴びて、「です」を付け足す夏朝。
　クラスのムードメーカー的な立ち位置の男子（の、はずだ。夏朝にはあまり自信はない）が、
「よっし！　じゃあ、恵御納は猫な！　なんか、猫っぽいしな、恵御納！」
　と、にかっと笑った。
　恵御納さんが意見言うの初めて聞いたね、なんて囁きも聞こえたような気がしたけれど、
（何だろう……皆、優しい顔だ……）
　というのが夏朝にも読み取れてしまうくらい、皆、夏朝の発言を歓迎してくれた。
「じゃあほら、恵御納さん、こっちこっち！　猫の設定詰めるよ！」
　手招きをされるままに、夏朝は席を立った。

　皆で人形を作ったり、放課後、劇の練習をしたり。
　そんな日々が続いて、じきに、その成果を発表する日がやってきた。
『俺達が目指すのは、雲の上の鬼が島だワン！』
　元気な茶色わんこが、意気揚々と言う。
『ええ、悪い鬼さんは、懲らしめてやりましょうぴょん』
　白いうさぎは、可愛い声でおっとりと頷き、
『……でも、ちょっとばかり怖いなあ』
　と、エリマキトカゲは、ふるりと身を震わせた。
　そこで、夏朝の作った橙色の猫が、ぐっと拳を突き上げる。
『大丈夫にゃ！　皆と一緒なら、きっと平気だにゃ！』
　その後も、狸の魔法使いが、ぽんぽこりんと蛇に魔法をかけたり。
　蛇が変じた空飛ぶ龍に乗って、４匹が雲の上を目指したり。
　あとは、虎の威を借る狐の油揚げを鳶がさらったり……エトセトラ、エトセトラ。
　最後には、角の取れた鬼が反省して、宝物と玉手箱と金の鵞鳥と小さなつづら、他にも色々を持ち帰り、
『めでたしめでたし！　にゃ！』
　と、物語は幕を閉じた。
　高校２年生の夏朝がこの劇を見たら、「何の話なんだっけ？」と首を捻るだろう。
　けれど、クラスの皆の希望を全部乗せした物語は、カオスだけれど、夏朝の胸をあたためるものだった。
「楽しかった……本当に、ありがとう」
　級友達へとそう告げていたところへ、
「おねえちゃん！　ねこ、かわいかったよ！」
「ぼくも、オレンジ色のねこさん、好き！」
　なんて、興奮した様子で、幼稚園の子供達が駆けてくる。
『ありがとうにゃ！　嬉しいにゃ！』
　と、夏朝は、橙にゃんこの口を、パクパクとさせた。

　思い出の詰まった人形は、各々で持ち帰ることに皆で決めた。
（僕の橙にゃんこ……春の思い出……春……）
　じぃと橙にゃんこの円らな目を覗き込んで、夏朝は考える。やがて、