少し、昔の話をしよう｜リアクション

少し、昔の話をしよう

　時は遡ること２０年ほど前、場所は、星幽塔ではないどこかの世界。
　レイリー・マクティーラは、狼に育てられ、そしてその育ての親と死に別れた。
　それからは、時折、魔物や馬車を襲うことで『生』を成り立たせる――。
　それが、彼の日常だった……の、だが。
「くそっ！」
　地べたに土埃塗れで転がって、それでも素早く態勢を立て直しながら、レイリーは吠える。
　顎に手を宛がって、レイリーの『日常』を変えた張本人――じじいが、くつと笑った。
「まだまだだな、レイリー」
　再び向かっていくレイリーを、じじいは老人とは思えぬ身のこなしで軽くいなす。
　そうして、勢い余ったレイリーの背中へと、鋭い蹴りを入れて、また彼を地面に落とした。
「どうした？　ん？　もう止めるか？」
「やめるわけ、ねえだろうが！」

　切欠は、常のように荷馬車を襲ったことだった。
「積荷を寄越せ！」
　襲撃は、完璧だった。そのはず、だったのに、
「ほう、ライカンスロープか」
　と、荷馬車から出てきた老人は微塵も動じることなく、物珍しげにレイリーをじろじろと観察して、
「何ぶつぶつ言ってやがる！　はや、く……？」
　襲撃者であったはずのレイリーを、あっという間に伸してしまったのだ。
　そうして、レイリーはそのままその老人――じじいに拐われたのである。
　言い換えるならば、拾われたのだ。

　じじいに拾われてからの暮らしは、修行の日々だった。
　鍛えてやる、と、たくさん、たくさん、それこそ数限りなく地面に転がされた。なのに、
「こんなに修行しても一発も入れれないって、どういうことだよ」
　その日の修行を終え、じじいと共に火を囲みながら。
　レイリーは、口を尖らせて、ぶつぶつと文句を零した。
「もしかして、強くする気がないんじゃねえだろうな。ただの八つ当たりとか……いや、そもそも、」
　なんで育ててんだよ、と、ぼそり、小さな声でレイリーは問う。
　じじいは、どこか面白がっているように笑った。
「それは、お前さんが運命にあった時のためだ」
「は？　わけわかんねえよ、じじい」
　手近の木の実を投げつける。悔しいことに、造作もなく避けられた。
「……その、運命とやらの為に強くなれって？　誰かのために生きるなんて、オレはやだね」
　第一、生きてくのに精一杯でそれどころじゃないっつーの、とレイリーはぼやくが、
「今にわかる」
　なんて、じじいは、ニヤニヤとして言うのだ。
　腹が立って、俊敏に立ち上がるや、昼間のじじいの真似をして蹴りを放つ。
　じじいは余裕でその一撃を避けて、レイリーをまたも、地面に転がした。
「甘いな」
「……このくそじじい。自分が生きるより大切なものなんてあるかよ」
　身を起こし、頬を汚した土を手の甲で拭いながら、レイリーはじじいの顔を見る。
（運命なんて知らないし、欲しいとも思わない。けど……）
　言葉ではなく、２人目の育ての親の表情が、レイリーの胸に、小さく何かを燈した。