【七夕】灯りをつけましょ提灯に☆｜リアクション

【七夕】灯りをつけましょ提灯に☆

「笹流し……嫌な事も流してくれるそうですけどどうなんですかね？」

　少し前からこの淡い光たちをいくつも見送っては、遠くなる様子に何度も目を細めて見つめている鬼崎あやめをフジコ先生（富士山権蔵）は急かすでも無く、その口が何かを溢し出すまで隣りで立っていてくれる。
　――　たまに変た、大変な事してくれるけど……やっぱり先生なんだなぁ。
　愚痴に付き合ってほしいと言ったくせに、中々喋り出せない自分。
　それでも、フジコ先生がいつでも聞いてあげるといった空気を纏ってくれていたから。
　漸く喉の奥に張り付いていた言葉たちが顔を出した。

「私って……嫌な女なんです。
　笑顔はりつけて本心では全く笑ってなくて……その癖幸せになりたいって思ってる……」

　先生の視線が少し動いた気配がした。
　紡ぎ出したら開き直ったみたいに、あやめは流れていく光たちを追わずどこか遠くを見つめながら、自嘲の吐息と共に言葉を続ける。

「初恋の人への想いを忘れないって誓ったのに……
　たった一年でその想いが薄れてるって自覚しちゃう嫌な女なんです。先生はそんな女の事どう思います？」
「そぉねえ……」

　あやめが疑問形を口にしたからだろう。
　ずっとただ聞く姿勢のみを示していたフジコ先生が、首を傾げて一言呟いてから。
　おもむろにその大きな手があやめの目の前にやってきて……
　ドビシィッ！

「アイタァ！？」

　容赦の無いデコピンがその額に炸裂した。
　呆気にとられた表情浮かべるあやめへ、フジコは己の指へ無駄に色気たっぷりにフゥッと息を吹き吐きかけてから。

「まず。誰かを強く想えたコを『嫌な女』なんて悪く言うやつは、いつでもこうやってお仕置きよ。例えそれが自分の事だってね」
「だ、だって……」
「あなたが何を抱えてそう感じちゃってるのかは知らないけれど。その手に持ってるのはなぁに？」
「え？　なにって……衝動的に買っちゃったみたいな、花のブローチ？」
「ムスカリね。よく言われる花言葉はある意味今のあなたを表しているのかもしれないけれど。
　でも、地面に植えられたその花は、他の色鮮やかな花を引き立てる名脇役なの。あたしも好きよ」
「……そう、なんですか……」

　不思議そうに、今、初めて見たかのようにあやめは自身の手の中にあるブローチへ視線をやった。
　ムスカリの花言葉は「絶望」「失望」「失意」……そして「明るい未来」に「通じ合う心」。
　みなまで言う事無く、フジコ先生は大きな大きな溜息をついた後、もうお役御免とばかりにあやめへ背中を向ける。

「あれ？　先生？」
「なぁに？　愚痴とやらは聞いたわよ。世話の焼ける犬だこと。後は自分で考えなさいな」

　はりつけた笑顔とやらだっていいから、次はもう少しマシな顔色見せてちょーだい。
　最後にそう付け足して、広い背中がしゃなりしゃなりと遠くなっていった。
　呆然とそれを見送りながら。
　自己嫌悪に淀んでいた心の水面に、一滴の雫が落ちて波が立ったように……気付けば頬を流れるものがあった。

　どうして泣いているんだろう。
　自分の感情が分からなかったけれど、先程までの無表情な頬にはいつの間にか体温が戻っていた。
　あやめ。彼女の名前たる花言葉は、「信じる者の幸福」。フジコはその事も含めて温度を分けるように言葉をくれたのかもしれない。
　あやめがそれに気付くのは、もう暫し先かもしれないけれど　――