●鈴島：決戦


「左手だけで俺たちを倒すだって？　舐めたこと言いやがって！　あとで吠え面かくなよ！？」
　戦いの火蓋を切って落としたのは、亮が投げた硬球だった。
「くだらぬ……む？」
　クロードは伸ばした蔦を鞭のように振って叩き落す。
　その途端、硬球はばんっと弾けて飛び散った！
　硬球ではない！　蟠桃だ！
　修が投げ寄こした蟠桃を、亮が＜鬼人の体（サード・フォース）＞で強化した身体能力で投げたのだ。
「小賢しいことを！」
　桃汁を浴びたクロードは苦々しく口元を歪めた。
　見た目のダメージより、精神ダメージが大きいようだ。
　――可能なら女性達を守ろう。
　冒険のはじめに修にそう耳打ちされていたユチェンは、桃木の短剣の切先をクロードの方に向け、梨香を守るように立ちはだかった。ユチェンが真と修から手渡された桃木剣のうち、長剣のほうは健吾に貸してある。
　ユチェンは胸の内で思った。

（オレ、みんなに比べたらまだまだだ。でも、成長だってしてるんだ。皆の助けに、なりたい！）

　忌まわしそうに桃の汁をぬぐおうとしているクロードに、青の幽玄での冒険以降も訓練を続けてきた投げナイフ技で、桃木の短剣を投げつける。
「そんなもので私をなんとかしようと？」
　クロードはそれをはたき落としたが、それこそがユチェンの狙い。
　この機をとらえた刀が、＜加速＞による高速移動でクロードに切りかかる。
　振り被った刀は、愛用の刃引き刀。クロードは鉄剣で軽々と受け流す。
　が、これはフェイント。
　刀は懐に忍ばせておいた桃の木屑をばら撒く。
　クロードは幾本も伸ばした蔦を振るって、木屑の降るのを払いのける。
「うっとおしい！　しかし、それだけです！」
「一瞬でも足止め出来ればそれで充分！」
　刀が高速移動で退くのと入れ替わりに、サキリの赤き双眸が瞬間移動でクロードの眼前に現れる。
　＜斬空赤刃＞の高速連続転移による回避、撹乱はサキリの得意とするところ。
　その手には＜斬空赤刃＞の進化能力で赤き光を放つ鉈が握られている。
　数秒間だけ赤光した刀身は、鋼鉄をも破壊する威力を発揮！
　サキリは、フッ、と一息、鉈を振るってクロードの鉄剣を真ん中から二つに叩き割る！
「ッ！」
　髑髏茨の蔦を振るって、サキリを絡めとろうとするが、彼の姿は陽炎のようにその場から掻き消える。
　瞬間移動による一撃離脱の戦法である。
　そこへ真上から刀の声！
「クロードッ！！！」
　＜加速＞の進化能力で駆けあがった大上段から、刃引き刀で地面を叩き割るような唐竹割り！
「ぬうッ！」
　クロードは半分になった鉄剣で受け止めるも、刀とサキリの息もつかせぬコンビネーションに、確実に圧されている。それでも、と茨の蔦を左手に絡めて強化し押し返すと、刀は受け止められた刃引き刀を捨て、即座に＜加速＞！　空中を足場にムーンサルトのように宙を一回転すると、壁を足場代わりに蹴って、この時まで隠し持っていた桃の木の木刀を抜き払った。刀の全力の抜刀術が、クロードの胴を薙ぎ払う！
　ぶちぶちぶちっと茨が千切れた。
　茨を突き破ってクロードの横っ腹を打ちのめす感覚！
　クロードは木刀の威力を殺すべく、わざと吹き飛び横倒しに転がったが、それでも桃の木で打たれた腹はかなりの損傷を免れない。
「この程度の、ことで、私の悲願を、止められる、とでも……ッ！？」
　クロードの気が怒りで高まるのを、楓は感じた。
　この時をこそ、待っていたのだ！
　クロードが冷静さを失うこの瞬間を！
　楓は隠れていた石の円盤の影から飛び出すと一気にクロードに迫り、煙幕の要領で先ほど入手した『ネムリグサの花粉』をクロードの顔面付近にまき散らした。
「うっとおしいですね！」
　クロードは身を起こし、蔦を振るって花粉の煙幕を払いのけようとする。
「ネムリグサの花粉、ですか」
「意外と即効性だろ？」
「いいえ？　呼吸など、疾うに忘れましたよ」
「ちっ、そうか。ゾンビみたいなもんだったな。まあ、いい。時間稼ぎにゃなったろ、なあ！」
　楓が飛び退くのと同時、クロードが乗っていた石の円盤ががくんっと揺れた。
　修が＜分解＞でクロードのいるあたりを崩しているのだ。
　クロードはその割れ目から、水が這い上がって来て自分に絡みつくのを見た。
「なにッ！？」
　まるで蛇のように、水は髑髏茨鎧の中のクロードの身体を締め付けてくる。蠢く水の先端はクロードの頭付近まで来ると、顔をかっぷりと包み込む。
『効かないと……言ったでしょう』
　水の中でクロードが口を動かす。
　その水が、突然消えた。
「そうかい。じゃあ、」
　水は、クロードの背中で少年の姿に戻っていった。
　それは＜流るは水の如く＞で水に変化していた健吾であった。
「こうするよ」
　言葉と同時、健吾はユチェンに借りた桃木剣で背後から心臓のあたりを貫いていた。
「何……だと……」
　クロードは背中の少年に手を伸ばす。クロードと反対に、茨は水を吸って威力を増し、健吾を捕らえようと勢いよく蔦を伸ばす。健吾は再び水になると、クロードの手も茨の蔦も逃れ、元の割れ目を伝って隠れた。
「あとはよろしく！」
「任されたぜ、少年よォォッ！！」
　満を持して！　庚は額の傷を二度なぞる！
「てめぇに直接恨みはねぇがッ！　絶神とやらは俺らのフツウを壊すよなぁッ！　だったらッ！」


「例え神だろうと打ち砕いてみせるッッ！！」

　庚の拳が蒼く輝く！
　下からの鋭いアッパーカット！
　クロードの身体を宙に打ち上げる！
　そのとき！
　赤き蝶の一頭が、空中高くで梢に戻った！
「私には、速さも、力も、打たれ強さもないんですけど……ちゃんと、神様、倒したんですよ！」
　テオと彫られた中華包丁を真下に向け、自由落下で加速する！
　宙に浮いたクロードと、血しぶきの如き赤き蝶に彩られた梢の刃が交錯した！
　梢の勢いが勝り、クロードの身体は中華包丁に貫かれたまま床に激突する。
　その衝撃で、髑髏茨の鎧は砕け散り、クロードは黒衣姿で投げ出された。
　一方梢はといえば再び蝶に変じてダメージを避け、庚の隣で蝶化を解いて仁王立ちになる。

「どうですッ！　クロードの標本の一丁上がり、ですよッ！」