＜零神探訪＞千年茨の遺跡（グリーン・ルインズ）｜リアクション

＜零神探訪＞千年茨の遺跡（グリーン・ルインズ）

●鈴島：遺跡中心部

　クロードは「ぱちん」と指を鳴らした。
　クロードは「ぱちん」と指を鳴らした。
　髑髏茨の鎧を纏ったクロードは、左手を上げ「ぱちん」と指を鳴らした。

　赤の回廊からクロードの姿が消えた。
　緑の回廊からもクロードの姿が消えた。
　クロードは、青の回廊の髑髏茨の鎧のクロードただ一人になった。
「決戦と、参りましょうか」
　クロードは身を翻すと、幾十もの赤い蝶を道連れに遺跡中心部へと進んでゆく。

　青の回廊班が、髑髏茨を纏ったクロードを追って中心部へ続く門をくぐると、別の門から赤の回廊班と緑の回廊班もそれぞれ姿を現した。
　遺跡の中心部は、思いがけず明るく、緑色に目が眩んだ。
　そこはまるで、巨大な時計塔の内部のような作りだった。
　苔むした巨大な円盤状の石がいくつも歯車状に噛み合っている。その合間を伝うベルトのように、木の根や蔦が蔓延り、この仕掛けが長い年月止まったままであるのが見て取れた。
　明るいのは天窓から色が差し込んでいるからであった。その色――光というより、色と表現したくなるようなとろりとした質感を帯びている――は緑色で、天高くに浮いた大きな輝く球体に反射して、中心部の内部を照らし出していた。
「もしや、あそこに、絶神が封じられているのか……？」
　八神修が天井の球体を見上げ、つぶやく。
　緑色を反射させる金色の球体は、まさに月のように表面に斑があった。
　その斑が、兎ではなく狼のシルエットのように見えるのは、気のせいだろうか？

　梨香の通信機に再びコール音が鳴った。寝子島の調査班からの連絡だった。
　花森のおばあちゃんから聞いた手遊び歌の全文をメールで送った旨と、玉手箱の件であった。
『ありがとう。こっちは中心部に到達したわ。四十九院先生は回収、クロードと対決直前ってところ。……え？　……わかったわ、了解』
　梨香は小声で応答し、すぐさま幾人かに目配せする。ブリジット、焔、円、真、さゆる、夏夜がこれに応じ、梨香の元に集まったかと思うと、三方に散って中心部を出て行った。
　残ったのは、亮、刀、サキリ、健吾、康、修、梨香、ユチェン。それぞれに武器を構え、部屋の中央、水平に横倒しになった歯車状の石の円盤に仁王立ちする髑髏茨鎧のクロードを取り囲む。
　クロードの周りには、赤い蝶がひらひらと飛び回っていた。
　その中のどれかは梢かもしれないが、わからない。

「ようこそ。寝子島の諸君。千年茨の『時の遺跡』へ！」

　クロードは円盤の中心部で、天からの緑色をスポットライトのように全身に浴びていた。
　身を覆う茨が急成長し、一回りも二回りもその身が大きく膨らんでゆく。
　青の回廊での戦いで梢に切り落とされた右腕も、伸びた茨が絡み合って復活した。
　クロードの身を包む髑髏茨鎧は、意志ある茨の性質も供えたものに変化したようだ。
　顔の部分のみは茨に覆われず元の糸目の男であるから、全体の容貌は、人を超えた巨体で体のあちこちから触手のような蔦が蠢き、そこに人間の顔がついているという、かなり奇妙で怪物じみたものになっている。

　茨の両腕を広げようとして、クロードはおや、と右腕を見た。
「そうでした。どうも右腕の動きが悪いのでした……」
　クロードは知らぬことであったが、寝子島で武道が右腕に＜スイ・マー＞で麻痺を掛けたことが、茨の腕の扱いにも影響を及ぼしていたのだ。
「まあよいでしょう。左腕だけでも、貴方方と戦うには十分です」
　クロードはすらり、鉄剣を正眼に構える。

（クロードには傲りがある。おそらくそれは油断に繋がるはずだ）
　このとき、楓は密かにチームから外れて、イヤホンから状況だけ聴きつつ潜んでいた。
（クロードが正面から食らってくれるとはまず思えん。意識の外から狙い撃つ必要がある……）
　楓はクロードのろっこん的能力以外の、仙道の鍛錬によって備わった身体能力も警戒していた。
（意識の外といえば道を極めれば、攻撃の予兆や見てるもののような気の流れが見えるらしい。奇襲が通じるかわからんが、限界まで気配を薄くして好機を待つ）
　忍び隠れるのは得意とするところ。中心部はからくりのような歯車や太い木の根などクロードの死角になりそうな場所には事欠かない。クロードの位置は部屋の中心部。あの図体ではそう素早くは動けまい。
（となれば……あそこがよさそうだ）
　楓は潜伏場所に目星をつけ、足音も立てずに移動した。