心の刃を胸に抱き｜リアクション

心の刃を胸に抱き

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まだ夕の明るさが残る空にも、夜の色が滲みはじめていた。
星ヶ丘の住宅街にも、少しずつ影が落ちていく。
家々の影が重なり合う隙間。アベル・タウンゼンドは塀に手をついて、肩で大きく息をした。
「なんや、あれ、影が襲ってきたけど……」
振り返れば、夕日の向こうの日陰に、蠢く影の姿がある。誘うようにきらめく無数のエメラルドグリーンの光が、残らずアベルに向けられていた。
どうにかしないと、おちおち家にも帰れなさそうだ。
息も整ってきたところで、アベルは迷わず目を閉じた。
意識を集中させれば、右の手の甲から現れたのは、一振りの大鎌。
左手でそいつを掴み、カッと目を見開く。
「いでよ、禁忌のデスサイズ！」
夕陽を浴びながら高らかに、風を切って大見得を切る。大鎌の刃風が、学ランの裾を揺らした。
黄昏時の街の中、大鎌を手に影へと挑む。なんたるファンタジック！　なんたる厨二！
心揺さぶる展開に、アベルは歓声まじりに夕日と影との境を跳び越えた。
横薙ぎに振りまわした刃が、影をなますのように斬り裂いていく。
「なんやなんや、案外大したことないやんか！　――痛っ！？」
背後から、鋭い風切り音がした。振り向いたのと、アベルの身体が思い切り弾かれたのは同時。
アスファルトに背中を強かに打って呻く彼女を、靄のような影が見下ろしている。
「やってくれるやんか！　……あれ？」
起き上がりざまに振るったデスサイズは、影を掠めもしない。その影はデスサイズの間合いよりも遠く、そして高く飛んでいたから。
自分に羽でもあれば、と。歯噛みした、その時。
背中で、翡翠色の光が弾けた。
次の瞬間、足の裏の感覚がなくなった。かと思うと、目線の高さくらいだった塀をいつの間にか見下ろしていて、それどころか家の二階が余裕で見える。
「なんやこれ。……もしかして、うち飛んどる！？」
飛んでいた。アベルの身体は、夕暮れの住宅街を飛んでいた。
見回せば、背中には一対の黒き翼。飛べるのはきっと、これのおかげなのだろう。
その隙に、鋏と鎚の影が迫る。ハッとなって、アベルは飛んだまま後ずさった。
その翼から、小型ミサイルのように放たれる数本の羽根。
まんまるに目を見開いて、飛んでいく羽根と黒翼とを見比べて、それから思わず天を仰いだ。デスサイズを握る手が、身体が、ぐっと熱くなってくる。
「くぅー！　かっこええ！　こういうのがしてみたかってん！」
夕暮れの風を受け、アベルは飛んだ。
羽根を打ち払った影が、再び迫る。
すかさず羽根を発射。今度は数本どころじゃない、数十を超える羽根襖。
急停止も方向転換も間に合わず、羽根をもろに受けた影は大きくひるむ。そして顕になったのは、左手を鎚、右手を鋏のようにした殺戮飛行機械の姿。
羽ばたきと共にその頭上を飛び越え、翼で風を叩いてアベルは身を翻す。
大鎌の一撃を鎚で受け止めた影は、ひねりを加えた鋏の一撃を返す。
翼で風を起こし、アベルはバク宙の要領で鋏を回避。勢いをつけすぎたか、スニーカーがスっぽ抜けて道路に落ちる。
スニーカーは一旦後回し、そのまま風に乗って距離を取り、羽根を発射。
鋏で弾き、影は竜巻のような勢いで翔ける。振り回される鎚と、真っ直ぐ貫く鋏が襲いかかる。
不意に、アベルは翼から力を抜いた。
一瞬彼女の動きが止まったかと思うと、重力に引かれるままに落ちていく。
鋏の影が、夕闇の中のアベルの顔へいっそう暗い影を落とす。
その瞬間、羽ばたいた。
翼が空を打ち据える音が響くほどの勢いで、急速浮上。
影の腹を、勢いを乗せた大鎌が斬り裂く。ダメ押しの羽根の一斉射を受け、影は跡形もなく消え去るのだった。
まだ微かに頭を覗かせる夕日をバックに、アベルは道路へと降り立つ。
靴が脱げた方の足がちょっと痛かったが、ここはカッコよく〆たいし。
影は片付いた。あとは、迫る闇夜に紛れて消えるだけ。
それが、暗黒のヒロインのセオリーってもんよ。