心の刃を胸に抱き｜リアクション

心の刃を胸に抱き

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通り雨を感じさせる急な曇り空の下、最初に見たのは黒猫の影だったと思う。
その時は、なにも感じなかった。エメラルドグリーンの瞳が、綺麗だなと思ったくらいで。
そうして気づいた時には、工藤耀は影から逃げる羽目になっていた。カーブミラー越しに、後を追ういくつもの影が見える。
胸がひどく痛むのは、冷たい汗が止まらないのは、走り続けたせいなのか、それとも後ろの奴らのせいなのか。
背中に刺さる、敵意と殺意が混ざった無数の視線のせいだろうか。
「何で俺に、こんな……！」
泣き言を言っても、答えも、助けても来やしない。追われたまま家に帰ることもできず、だから今は走って、逃げて、ただそれしかできなかった。
やがて見えてきたのは、ほとんど廃屋な古びた住宅と、その傍に広がる空き地。
人通りはなく、気兼ねなくろっこんを使えそうだ。
影どもに向き直り、愛用のボールのハートマークに触れる。
『フィールドハーツ』、発動。
「これでも……食らえッ！」
増加した脚力で、手近なところにあった石――子供の頭くらいはある、重たいヤツを思いっきり蹴り飛ばす。
土埃が巻き上がる勢いで放たれた石が、先頭の影へと過たず直撃する。
これでどうだと思う間すらなく、耀は息を呑んでいた。
何故って、影はまるで応えちゃいなかったからだ。
視線を走らせ、見つけたのは鉄骨のはみ出たコンクリートの塊。
「もう一発！」
絶叫じみた掛け声で蹴り出したソレは、影を軽くのけぞらせただけだった。
瞳が力なく見開かれ、肩がすとんと落ちる。
「マジかよ……」
逃げる避けるしか、術はないのか。
膝をつきそうになる耀と影の間に、雲の切れ間から夕陽が差す。陽の光が苦手なのか、迫りくる影の足が止まる。けれどそれは、蜘蛛の糸よりも頼りない気休めに過ぎない。
でも、今のうちに逃げなければ。
重たくなった足を引きずって歩き出そうとした時、ふと脳裏を疑問がよぎる。
……一体、どこまで？
逃げて、逃げ続けて、影は諦めてくれるのか？
逃げた先が闇に包まれたら、どうすればいい？
「……俺、死ぬのかな」
思わずこぼれた弱音が、耳を刺す。
冷たい諦めが広がって、全身を弛緩させていく。
その時、胸の中で誰かが叫ぶ。
――ふざけんな、まだ終わった訳じゃねえ。
冷えていく身体に、熱が灯る。
そうだ、まだ終わってない。一発二発で足りないなら、何回だってシュートをキメてやる。
叶えたい夢もあって、一緒にいたい奴も居る。なのに、こんなところで――
「――死んでたまるかよ！！」
叫びに呼応するように、ボールが翡翠色の光を放つ。
思わず後ずさった耀だったが、直感で理解する。
こいつは、俺の武器だ。
視線を上げれば、影もまた後ずさっていた。石でもコンクリでもビクともしなかったくせに、この反応。しかも、太刀を持ったヤツやら、悪魔みたいなヤツやら、姿までよーく見える。
つまり、こいつが弱点ということだ。
「いくぜ、相棒。キックオフだ！」
『フィールドハーツ』発動――思いっきり振りかぶって、全力でボールをシュート！
サッカーとは真逆に、ボールから逃げて散開する影。しかしスライダーのかかったシュートは、鮮やかな弧を描き、悪魔のような影に喰らいつく。
悪魔の身体が砕け散り、その勢いで戻ってくる相棒。
胸でそっとトラップし、飛びかかる黒猫の影をドリブルで飛び越えて、かかとで蹴ったボールで撃退。
頭上高くへ跳ねたボールを頭でトラップ、足元へ戻す。
そこへ襲いかかるのは、太刀を持つ影。
耀ごとボールをぶった切ろうとするその一撃を、影の左へ逃げたかと見せて、すぐさま右へ切り返すドリブルで回避。
無防備になった右の脇腹に、強烈なシュートを叩き込んだ。
塀にぶつかり戻ってきた相棒をリフティングしながら、周囲を見回す。影はまだ他にも居る。こいつらを倒さなきゃ、安心して帰れやしない。
だから――
「来いよ、相手してやる！」

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