心の刃を胸に抱き｜リアクション

心の刃を胸に抱き

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恵御納夏朝がそれに気づいたのは、夕闇が夜闇に変わろうかという頃の路地だった。
暗がりの中にエメラルドグリーンが輝いていた。
ちょうど、猫の瞳のようにも見える。
「……猫さん？」
応えるように、翡翠の光が闇の中にいくつも生まれた。
ハッと息をこぼし、飛び退く夏朝。影が一斉に飛びかかったのは、その直後。
群がられたポリバケツがバラバラになって、中のビニールがぶちまけられる。鼻を刺す生ゴミの臭いに、夏朝は思わずむせかけた。
（襲撃……！？）
心臓の鼓動が跳ね上がり、胸の奥が締め付けられるように痛む。
これは寝子島――フツウを脅かす存在の一部なのか。
だとしたら、奴らは『敵』だ。
夏朝へと向き直る影。そこに鳴き声はなく、足音もない。
無音の影が迫るなか、夏朝が取り出したのはねこシール。自分に貼り付け、『重く軽く』。
爪が掠めるのを感じながら、夏朝は後ろ向きに駆けだす。
そのまま、進化能力でねこシールを射出。けれど、影にはあっさりとかわされてしまう。
けれど気を引くことはできたのか、脇目もふらずに彼女を追ってくる。
これで、囮にはなれるだろう。
けれど、問題はあって。
「うわっ！？」
路地の脇、建物の谷間にできた闇の中から、最初のよりも一回り大きな影が飛びかかる。
転びそうになりながら、夏朝は辛うじて身をかわす。
かと思えば、真正面の室外機の陰から鋭い影が現れる。次いで、足の先に鋭い痛み。
夏朝の靴に、じんわりと赤い染みが広がっていく。
次の一撃の前に、左へ方向転換。足の痛みに唇を噛み、走り続ける。
冷たい汗が、額を一筋伝う。
（敵がどの影から出て来るか、どこに潜んでいるかがわからない……！）
辺りは闇を深めていくばかり。全ての影と闇が敵だとは思いたくないが、これでは。
「……あ」
やがて行き着いた先の光景に、夏朝の瞳が小さく揺れた。
三方を、建物に囲まれていた。眼の前のアパートに差す光は壁を照らすばかりで、足元の夏朝を欠片ほども照らしてはくれない。
振り向けば、エメラルドグリーンの光がびっしりと、闇の中で輝いている。
けれど、諦めてなんてやるものか。
「寝子島等に害をなすなら……殲滅…というか、ここで倒して反省させる！」
武器になりそうなものを探して、視線を走らせる夏朝。
その時、その胸から翡翠色の光が迸った。
見開いた瞳に映るのは、虹色のワイヤーで繋がった、かたや太陽、かたや月を思わす意匠の戦輪。
「僕の心が、武器に……？」
軽く振るえば、まるで愛用していたみたいに手に馴染む。これなら、戦える。
それに武器のおかげか、影の姿をはっきりと見ることができる。
エメラルドグリーンの瞳を持つ、黒猫にも似た影の猫。
（人を襲わない猫さんなら、撫でたかったけど……）
この場の敵は、皆に害をなす前に全て倒すと決めたから。
深く吸い込んだ息を大きく吐き出して、戦輪を手に夏朝は叫ぶ。
「僕に会った事を不運と断じろ！」
『重く軽く』、再発動。続けて、進化能力！
前方の影猫へ、ありったけのねこシールを射出する。狙ってあてるのは難しいから、開き直って乱れ撃ち。シールに当たった影猫は、爆発的に増加した自重によって次々に地面へ縫い付けられていく。
「っ！」
三方、左右と頭上から襲いかかるのは、シールをかいくぐった影猫たち。
逡巡は刹那のうちに消え、夏朝は月の戦輪を振りかざす。虹のワイヤーを手繰っての一閃は、多節棍のように半ばで軌道を急転換。
地摺りの月が左右の影を裂き、次いで手首のスナップで太陽を投げ上げれば、上からの影は真っ二つ。
そこへ飛び込む、ひときわ大きな影の猫。ナイフほどもあるその爪が、夏朝の喉元へと走る。
月を掴んで、受け止めた。飛び散った火花が、微かに喉元の肌を焼く。そのまま爪ごと影猫を押し返し、太陽で一閃。
「……絶たれた後に、生まれ変われ」
猫の形をしたものを断つのは、いい気持ちはしないけれど。
せめて。

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