屋根模様になにを見るか｜リアクション

屋根模様になにを見るか

　ピン、ポーンッ

　住宅街に響き渡る聞き馴染みある音。
　インターホンを鳴らした張本人、鴻上彰尋は緊張を鎮めようと胸に手を当て深呼吸中。
　――　まずきちんと名乗って、次に事情を伝えて、丁寧にお願いしてみて……。
　ツバメを目撃した家の玄関前で、背後から幼い弟妹の熱い視線を感じながらも彰尋は落ち着いて心の中で言葉を反芻する。
　幸い自分の家からそう遠く無いご近所さんな為、顔見知りではある家だ。怪訝な顔はされない、はず。
　程なくして玄関の扉が開かれれば、彰尋は表情整えて『こんにちは、突然すみません』と口を開くのだった。

　全く問題なく無事屋根に登る許可をもらえれば、彰尋の先程まで終始丁寧に言葉を紡いでいた口から、
　ホォ～と大きな溜息がつかれる。
　ＯＫだって、と弟妹に伝えれば万歳する仕草に表情が綻んだ。
　けれどさすがに、自分たちも登りたい！と強調するのは、危ないからと精一杯諭す彰尋お兄ちゃんである。
　写真や動画に沢山納めてくるから、とどうにか説得出来れば、借りた梯子を使ってようやく件の屋根へと登り始めた。
　――　ぁ……羽ばたく音がする。やっぱり巣があるのかな。
　どこにツバメが居るか分からない故に、驚かせないよう極力頭を下げたまま屋根を這うように移動してみる。
　すると、羽ばたきと共に鳴き声が近くで聞こえた。
　二階屋根の上に小さく飛び出た屋根裏部屋のような部分、彰尋のそっと覗かせた両の目にそこの軒下に確かに巣があるのが捉えられた。
　一度顔を引っ込ませ、デジカメのフラッシュをOFFにする。
　そうして再び巣へと視線を戻せば、巣から今にも飛び出そうとする一羽と、その隣にはまだ少し小さく、餌をねだるように嘴を開けている一羽の姿が。
　気付かれないよう、静かに構えれば何度かカメラで撮影した後、動画モードへと切り替える。
　ズームさせてはまさに巣立ちしようとしている一羽にピントを合わせ、その動きについていくようカメラだけで追うこと暫し。

「！」

　翼を広げた瞬間、巣を蹴って屋根の上を滑空しそのまま空へ舞い上がった。
　――　わっ、ちゃんと撮れたかな今の。ちょっと感動したかも。
　動画の停止ボタンを押して、確認しようとした。と、その矢先、

「ふ、ふふ……！　つれないところもチャーミングですね……！」
「―――　えっ？」

　突如、巣のある屋根裏部屋として突き出た壁の向こうから、白い物体とすぐ後から長い脚が飛び出してきた。
　隠れるようにしていた彰尋の存在には気付かずに、それらはあっという間に目前を横切っていった。
　思わず立ち上がってみれば、屋根から屋根へと軽やかに移動していく後ろ姿だけを見送る形になって。

「……な、んだったのかな……」

　どこかで見た姿だった気もするけれど。
　まぁ、今までも不可思議な事は山ほどあったしな……と、謎現象の一つとして胸にそっと収めようとした彰尋へ、下の方から声がかけられた。
　落ちないよう気を付けながら覗き込めば、弟妹たちが兄の姿を見つけ嬉しそうに両手を振っている。
　笑顔で手を振り返してやりながら、つと改めて屋根からの景色に目をやった。
　マンションや学校の屋上とはまた一味違う、近所であるはずなのに全く新しい風景の広がりに、彰尋は目を見開いてから次に破顔して。
　またカメラを持ち上げると、シャッターを切るのと同時に思い出の一場面として心に刻んでいった。
　よもや、先程驚いた拍子で意図しない１枚が押され撮られていたことなど、夢にも思わずに　――