ラーメン食べりゃあ虹も出るのさ｜リアクション

ラーメン食べりゃあ虹も出るのさ

「噂になってるラーメン、是非食べてみたいな」
　そう思ったのは佐藤英二だ。思い立ったが吉日である。
「よし、今日の昼は噂の屋台ラーメンに決めた」
　それなりにラーメン好きな彼の行動は早かった。そもそもネットで噂になっているわけだから、速報性の高いＳＮＳを利用すれば目撃情報は集まりやすい。それを追っていけば、そう時間は掛からないだろう。
　と、思っていたのだけれど。
「あれ……意外と見つからない……というか、これは……？」

「……一筋縄じゃいかないってワケか。こりゃあ『幻のラーメン屋』っていう書き込みもあながち間違いじゃねぇな」
　水守流もまた、幻の屋台ラーメンという書き込みを見つけて興味を引かれたクチである。ネット全般に明るい彼にとってこの手の情報を探ることは朝飯前――この場合昼飯前とか言うべきだろうか――だからこそ、この矛盾にいち早く気付いていた。
「おかしいぜコレは……いくらなんでも拡散が早すぎる……同時にいくつも屋台が存在しないといけない情報量だ」
　目撃情報がすべて本当とは限らないのも確かだが、さっき旧市街の情報があがったかと思えば、次はシーサイドタウン……どれほど高速で移動しても追いつかない。
「……ふむ……思ったより時間がかかるかも知れねぇな……」

「……今年の夏はどれぐらい来られるかしらね」
　三折部朝衣は呟いた。仕事帰りの夕刻、自転車を走らせた彼女は何となく寝子ヶ浜海岸へ。ようやく小降りになってきた雨の中、まっすぐ自宅に帰る気にはならなかったのだ。そろそろ、雨の季節も通り過ぎるだろう。その後は、心待ちにしていた海の季節だ。
　海開きを来月に控えた海岸は、しかし人影はまばらだ。なんとなく祭りの前のワクワク感のようなものを感じた朝衣の口元が軽く緩む。そんな気持ちの緩みが胃袋にも伝わったのか、可愛らしい音色でお腹がコロコロと鳴った。
「……あらやだ」
　小腹がすいたわね、と朝衣。街に溢れる高校生や中学生に比べれば充分に大人だが、まだまだ２０歳の若者だ。
「何か食べられるお店を探してみようかしら」
　まだ海の家のシーズンではない。朝衣はぶらぶらと散歩がてら自転車を押して歩き始めるのだった。

「ふー、今日も頑張ったなぁ」
　部活の練習後、帰宅の足取りも軽いのは羽生碧南である。みっちりとした練習も、部活後のシャワーでリフレッシュしてしまえば、疲労感は残らない。やはり若さであろうか、脅威の回復力である。
「……汗流してさっぱりしてはいるんだけどね」
　だが、健康で若いスポーツ少女とくれば、身体を動かした後に小腹がすくのは当然だ。いや、小腹がすくどころの話ではない。
「……ヤバ、寮まで持つかな……」
　一度意識すると途端に空腹感に襲われる。帰宅ルートから徐々に道筋が外れてきたことに気付く碧南。
「あ……ダメよ帰ったら夕食あるんだから。ああでもお腹すいたー……いい匂い……」
　特に飲食店街なワケでもないのに、いい香りが漂ってきた。ふわりと漂う醤油の……。
「あ、これ……ラーメン……？」
　マズい、ただでさえ空腹なのに、ラーメンの香りなど嗅いでしまったら抵抗できるハズもない。
「ああ……いい匂い……どこから……」
　そのままフラフラと、香りに誘われるままにラーメンに引き寄せられていく碧南だった。