FEAR THE FORCE：夢幻泡影｜リアクション

FEAR THE FORCE：夢幻泡影

　ナターシャ・カンディンスキーは手を伸ばし、重いマンホールの蓋を押しのけた。
　身をよじって、狭い入り口から通路に這い出る。
　ナターシャに続いて、如月庚も下水道から出てきた。
　すでにこの場所は夏の宮殿である。
「カガワに会うときの緊急ルートだ。この場所には見張りは来ない」
　今のナターシャは覆面に加えて、黒いウェットスーツも身につけている。
「下水臭いのを除けば、まあ気に入ったぜ」
　ところで、と庚は言う。
「なんであんたは香川に協力したんだ。高校の体育教師が理想だったとは思えねぇんだが」
「その質問を受けるのは二度目だ」
「そうか、で、理由は？」
「明かすつもりはない」
　素直じゃねぇなあ、と言いかけた庚の眼前に、
「タライ？」
　そう、ごろりと金だらいが転がってきたのだ。昔のコントなんかでよく見たアレだ。
　振り向くと、全身をタイルみたいなのに覆われた奇怪な巨人が、どすどすと走ってきてそのタライを拾うと被り直した。
「タライ頭の……タイル男だと！？」
「そうーだ！　その怪人は私の自信作、銭湯怪人だ！」
　わははは、と哄笑しているのは南戸河蔵人である。
「なにが銭湯よ、金だらい使ってる銭湯なんてないわよ！　プラスチックの洗面器じゃ強度が頼りないからでしょ！」
　と叫ぶと銭湯怪人の腰に両腕を回し一気呵成、いわゆる裏投げの姿勢で、尾鎌蛇那伊は怪人を元いた場所に放り投げたのである。
「お前は」
　蛇那伊の登場に、思わずナターシャは声を上げていた。
　蛇那伊も同様だ。
「あ、ナターシャじゃない！　その服装を見るに……元に戻ったのね！　だったら、ここで会ったが百年目ってやつよ！　嬉しい限りだわ」
　望むところだ、とは言わないまでも、ナターシャも迷わず蛇那伊に向かっていく。
「安心して！　今日は絶対、覆面に手をかけないから！」
「当たり前だ！」
　ナターシャは叫び返していた。そうして蛇那伊とナターシャは、あたかも武蔵と小次郎のように、向かい合って構えを取るのである。
　通常、ナターシャは覆面がなくなると、真っ赤になって逃げていくらしい。
　まさか、と庚は思った。
　ナターシャが香川の計画に協力していたのは、覆面なしでも日常生活が送りたかったからではあるまいか――。