FEAR THE FORCE：夢幻泡影｜リアクション

FEAR THE FORCE：夢幻泡影

　地下通路を香川王堂は走っていた。
　暗いが最低限の灯はともっている。
　やがて銀色の月光に照らされた湾に出た。密かに建造していたものだ。海に通じており、ボートも一隻停泊している。潮の匂いがした。
　ここからなら、と公王は思う。病院への直通ルートがある。
　――弟の身だけでも守れる。
　バチッ、と音がした。香川の足元に太い釘が突き刺さっている。コンクリートの床をたやすく砕いていることからその威力は知れよう。
「改造したネイルガン（釘打機）だ。飛距離はまあまあだが狙いは正確、命中したら洒落にならねぇぜ」
　暗がりから音もなく、夜海霧楓が姿を見せた。
　王は後退を図るも、とても逃れられないと悟ったか足をとめた。
「夜海霧君か、君が記憶を取り戻しているとは、チェック不足だったな」
「俺にしちゃレアな経験だな、こういう状況」
　自嘲気味に楓は言う。
「普段、理想に届かない経験ばっか詰んでる以上、逆境とかそういう、負け続ける戦いばかりでね。追い詰める側になったのは久々だ」
「何を望む？」
「このばかげた世界を生んだ元凶をぶっ壊すことだ。『黒の螺旋』だとか言うんだろう？」
「よく調べたものだ」
　香川は水平にした手のひらを上げた。紫色の水晶球が載っている。
「ならこれについては知っているかね？　王珠だ。黒の螺旋のスイッチになるものだよ」
　――なぜ見せる？
　楓は動揺を表に出さぬよう警戒しつつも、王珠から目を離せない。
　壊してくれ、とばかりに見せる態度は明らかに不審だ。破壊されない自信があるのだろう。『ろっこん』を跳ね返すというものであれば、ネイルガンの釘も反射できるのかもしれない。
「ところで夜海霧君は、アムリタは気に入らなかったのかね」
「アムリタ？　ああ、この理想の世界の名称か」
「そうだ」
　にたり、と公王は笑った。狂気を垣間見せる笑みだった。
「ときどきテオから様子を見せてもらっていたよ、夜海霧君。高校生活とアルバイトを満喫する青春……悪くはなかったんじゃないかね？」
「覗き見ってのはいい趣味じゃねぇな」
　楓は銃を香川に向けた。
「悪くはなかった。だが、俺にとっての理想とはほど遠い。こう思ってるのは俺だけじゃねぇと思うぜ。赤ん坊みたいに、願うもの全部与えてもらって満足するほど、人間ってのは単純じゃねぇ」
「馬鹿な……！」
「博士」
　目のくらむような光を浴び、香川は瞬時身を怯ませた。
　懐中電灯を手に、呉井陽太が近づいてくる。

「できれば、公式にお目にかかりたかったのですが、なにか騒ぎになっていたので勝手ながら入らせてもらいました」
　という陽太のそばには、鴻上彰尋の姿もある。
　彰尋は、陽太から一歩退いた位置に身を置いている。
　彰尋は決して油断していなかった。香川がさほど、狼狽した様子を見せていないのが気になるのだ。まだ逆転して勝てる自信があるのだろうか。だとしたらその根拠は……？
　彰尋は不安げに、獅子目悠月に目を向けた。テレビ局から直行したため、悠月はステージ衣装のままだ。悠月は彰尋にささやく。　
「見えるか……？　あいつが手にしているものが」
　彰尋はうなずいた。
「王珠というものだったな。だが無限の力を発揮できるものだろうか」
　優木遥斗も一行に合流していた。王珠の力は、ろっこんを跳ね返す強力なものだという。
「役者が揃ってきたようだな」
　香川は両手をふりあげて告げた。
「ではここで選択肢を与えよう！　これが乳海攪拌、新世界の創造だ。皆、アムリタの世界は気に入っていただろう？　ここで回れ右して帰宅する者の罪は問わない。それぞれの理想のなかで幸せに暮らすがいい。私が嘘を言っていないことくらい、わかるだろう？」
「ええ、でも、オレからも質問させて下さい。博士」
　陽太はきっぱりと言った。
「博士は公王になって心は満たされましたか？」
　答えぬ王堂に向かって、そうそう、と陽太は言い加える。
「どうも王様って呼びにくくて、これからも『博士』って呼ばせてもらいますよ。すみませんが……公王という呼称は受け入れられません。それに博士自身もそう自称されてましたよね」
　それでですね、と一旦区切って、
「オレの見立てだと、このアムリタ世界の香川博士は、幸せそうに思えないんです。『人に理想を与える』ことはできても、『自分の理想を得る』ことはできてないんじゃないかなぁ……と、今の博士を見て感じてしまって。満たされるどころか、体ばかりか心まで衰えているではありませんか」

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