FEAR THE FORCE：夢幻泡影｜リアクション

FEAR THE FORCE：夢幻泡影

　藤堂静は一時的にその存在を忘却しているが、彼の『ろっこん』は無自覚ながら効果を発揮していた。
　自分が作ったカクテルを飲んだ相手の、心を癒す能力だ。
　ささくれだった心を鎮め、やわらげる効果もあった。

　香川王堂の怪訝な表情は消える。彼は深くため息をつくとスツールに座り直した。
「……なんの話だったかな」
「カクテルの名前です。インド神話に登場する飲料から名付けました」
「それは結構だね」
　香川は、二杯目の『アムリタ』に口を付けた。
　グラスを置くと、浮かぶ気泡をなかば眠ったような瞳で眺めている。
　レコードの音に耳を傾けているようであった。A面の最後まで到達したのを知るとみずから席を立ち、針を上げて裏返し、また針を置いた。
　よければ自由に飲（や）ってくれ、と言われたので、いまは静の前にもアイリッシュウイスキーをたたえたショットグラスがある。
「私は、幻滅しているのだよ」
「幻滅？　立派な国家を建国された方がそうおっしゃる？」
　言葉は選んだつもりだが、いささか辛辣な言い方だったかもしれない。
　けれど王堂は特に咎めることもなく、
「私は、皆が幸せになれるような国作りを目指した。上手くいったはずだ。アムリタ……奇しくも、私はこの場所をそう呼んでいるのだが……に導かれた者は皆、望みを叶えているはずだ」
　と言って、カクテルの残りを干す。
「しかし、肝心の私自身が、幸福を感じられないのだよ」
　静はあえて口を挟まない。
　吐き出したい想いがあれば吐き出させる。こちらは黙ってそれを聞く。
　それがバーテンというものだからだ。
　言葉が絶えたのを見計らって、静は新たなショートグラスを置き、それとともに問いかけた。
「陛下、あなたの大切なものはなんですか？」
　今夜は酔いが回るのが早い、と弁明するように言ってから香川は三杯目のグラスに手を伸ばした。
「大切なもの？　それは、唯一の肉親だと気がついた。弟だよ。彼は私の研究をただひとり認めてくれた人間だ」
　だというのに、と香川は暗い顔をグラスに写す。
「私は、その弟を犠牲にしてこの国の理想を実現した。今も犠牲にしている」
「差し出がましいかもしれませんが」
　静はショットグラスを一息で干した。
「理想の為に大切なものを犠牲にしていたら本末転倒……大切な人を害している時点でそれは理想として矛盾しているのでは?」
　ボクシングでいえば、カウンターを恐れず攻撃に踏み込むときの心境だ。
　これで香川が怒ればそれまで、しかし、その心の懊悩を見るにはここまでの覚悟が必要だと静は判断した。
　香川が何か言うより早く、
「陛下！」
　スピーカーに無粋な通信が入り、それまで流れていたジャズを押しのけた。
「宮殿に侵入者です！　すぐに護衛を差し向け」
　通信はその途中で、引きちぎられるようにして消えた。