FEAR THE FORCE：夢幻泡影｜リアクション

FEAR THE FORCE：夢幻泡影

「会いたい、ということだったけど」
　如月庚の右手には紫色の封筒がある。
　便箋にはただ一言、『放課後、屋上で待っています』と書いてあるだけだった。
　簡素にして迷いのないメッセージ。ねこったーはおろか俳句より短い。なんのつもりなのか、赤ペンで描いた唇の絵が添えられていた。
「胡乱路……ってんだよな。俺は君を知らないんだが」
　あら？　胡乱路秘子はくるりと一回転した。スカートが傘のようにひろがって閉じる。
「わたくしは存じ上げておりましてよ？」
「何を言っているんだ」
　しかし秘子は答えず、謎めいた笑みを浮かべるばかりだ。その目は庚を見ているようでもあるが、もっとずっと遠いところをとらえているようでもある。
　異星人とでも話しているかのような気分だ。
　時間の無駄だった。さっさと帰ろう――そんな意識もあった。
　だというのになぜか、庚は彼女から目が離せない。ここから立ち去る気になれない。
「なら如月さんは、如月さんのことを知っておいでなのですか？」
「自分のことを、か？　知らないはずが」
　言いかけて口ごもる。庚は、肌が粟立つ感覚を覚えていた。赤錆の浮いた底なし沼が足元に生まれ、ずぶずぶと体が沈んでいくような。
　……優等生、学業優秀、人望も厚く、誰からも慕われる模範的な……。
　庚は両手で頭を抱えていた。赤錆のなかに溺れそうになる。
　……このままいけば優等生のまま卒業し、進学し、やがて就職する……。
　誰が？
　俺が？
　このとき突然、関係のない記憶、イメージが庚の頭に割り込んでくる。
　猫の姿だ。
　庚は今朝の登校時『テオ』に似た模様の野良猫を見た。
　気球ロボットがテオ？
　馬鹿な。
　テオってのは……。
　豁然として悟る。

　俺は、俺じゃない。
　ここは、俺のいるべき場所じゃない。

　気分が悪い。
　フェンスをつかむべく伸ばした庚の手は、なにかやわらかなものに包まれていた。
　汗が引いていく。目眩が消えていった。
　秘子が両手で、庚の手を包むようにしていた。いつの間にか漂いはじめた香りは麝香に似ていた。むせかえるほど濃い。しかし、無味無臭よりよほどいいと庚は考える。
「んふふふふ……おせっかい、だったでしょうか？」
「そんなことはねぇよ」
　庚は秘子の手をふりほどくと髪をかきあげた。セットしていたヘアスタイルが崩れる。眼には匕首のような光が宿っていた。眉間の少し上に、傷痕が戻っていた。
「ひとつ借りができちまったな。……借りついでに訊く。ロッカールーム、階下（した）だったよな」
「そのはずです」
「なら、最初に行くべきはそこだ」
　庚は屋上の出口へ向かう。階段を駆け降りる。
　乱暴にネクタイを解き、ボタンをひきちぎるようにしてYシャツを脱いでいた。
　庚の個人ロッカーにはきっと、愛用のスカジャンが入っていることだろう。