FEAR THE FORCE：夢幻泡影｜リアクション

FEAR THE FORCE：夢幻泡影

　三時間目の予鈴が鳴る。
　課題の束を抱きかかえるようにして、明智珠樹は廊下を歩いていた。課題というのは、生徒たちから提出されたA4サイズの素描だ。
　画材はペンのみ、テーマは自由とした。植物、とりわけ花を描いたものが多かったが、見守り気球テオや歩道橋、うたた寝している犬を描いたものもあった。
　もちろん技量の巧拙はあるものの、描き方や主題の選び方が、ひとりひとり個性的で面白い。寝子島高校の、自由な校風が反映されているのだろうか。
　必要とあれば行うこともあるが、本質的に美術は、ランク付けに不向きな教科だと珠樹は考えている。だから今回も点数をつけたりせず、各人に丁寧なコメントをつけたものを返却する予定である。（このコメント作成のため、珠樹は連日睡眠時間を大きく減らすことになったがそれは秘密だ）
　あと数メートルで美術室、というところで女生徒とすれ違った。
「あ、きみ」
「はい」
　生徒は振り向いた。
「もうすぐ3時間目だよ。急いだほうがいい」
「はい、明智先生」
　女生徒はにこと微笑んだが、とくに急ぐでもなくゆったりと、長い髪をなびかせながら立ち去った。
　不思議な子だ。月面を歩く宇宙飛行士のようにふわふわとしている印象があった。
　誰だったろう？
　珠樹は首をかしげる。記憶にない生徒だ。
　しかしたしかに、彼女は『明智先生』と言ったではないか。
　その上履きは、去年の三年生の学年カラーをしていたようにも思う。
　気のせいだろうか。

「明智先生、ですって……」
　んふふふふ、胡乱路秘子は鼻歌をうたうようにして屋上への階段を昇っていった。
　窓の外の光景は見るたびに異なる。
「一体、いまは何時なのでしょうか？」　
　にちゃ。秘子は尖った舌を伸ばし唇を舐める。
　なんと愉快なのだろう。あまりにもでたらめなのだ。窓の外は昼前の青空であったり、夕方の赤い空であったり、夜の星空であったりする。順番もめちゃめちゃで、午後の陽差しの次が朝焼けということもあった。
「どこかで世界が、矛盾に耐えられなくなったのかしら……♪」
　口元が緩んだ。
　鉄扉を開け屋上に出ると、フェンスにもたれている少年がいる。
「お待たせしました」
　んふふふふ、と秘子は笑った。
　如月庚だ。
　空は、血液のような朱色に染まっている。