FEAR THE FORCE：夢幻泡影｜リアクション

FEAR THE FORCE：夢幻泡影

　蝉の声が聞こえる。
　遠くから近くから、幾重もの層になって。
　それにまじってうっすらと、吹奏楽部のアンサンブルが聞こえてくるのだった。
　射し込む夕陽は、やや埃っぽい空気と、ほのかなワックスの匂いを照らしている。
　放課後の教室は無人だ。
　七枷陣と芋煮紅美（いもに・くみ）のふたりを除けば。
　おなじ机に肘をのせて、向かい合って。
　つきあい始めてまだ二ヶ月、お互いのことだってまだ、すべて知っているわけではない。
　だから話すことならいくらでもあった。他愛もないおしゃべりをしているうちに、もうこんな時間になってしまった。それでも話し足りない気がする。一緒にいられる時間も、短すぎる気がする。
　陣は棒状のチョコ菓子を食べている。紅美もだ。
　

　子リスのように、自分のぶんをカリコリっと食べてしまってから、紅美は上目遣いで陣を見た。
「ね、それちょーだい」
　陣がくわえている棒チョコを見ている。
「僕の食べてるやつを、か？」
「そーよ、もう箱に一本も残ってないもん」
「食べかけなんだが……」
　と陣が折りかけると紅美は眉をつり上げた。
「バカね。そういう意味じゃないってば！」
　こうするの、と言って、陣のくわえている側とは反対の端を紅美は口にしたのだった。そのままどんどん、食べ進めていく。
　勢い陣も応じるほかない。
　近づいていく。うすく頬を染めた紅美との距離が。
　可愛い桜色の唇が。
　彼女は目を閉じた。このままいけば距離はゼロとなる。つまり……。
　パキッ。
「あ……っ」
　力が入りすぎた。陣は顎を引いてしまい、その拍子に棒はなかばで折れてしまったのだった。
「ほんっとバカなんだから」
　むすーと頭から湯気でも噴きそうな様子で、紅美は肩肘をテーブルにつき頬杖した。
「バカバカ言うなよ」
　陣としても内心忸怩たるものがあった。あと数センチだったというのに！
　けれど、と言って紅美は身を起こした。ポニーテールが揺れる。
「でも好きよ」
「お、おう」
　もうちょっと気の利いたことの言えない自分がもどかしい。
「やり直さない？　お菓子抜きで」
　陣は返事をしなかった。そのかわりに紅美の両肩を、左右の手でつかんでいた。
「今度はもう、離さない」
　紅美はうなずくと、もういちど目を閉じた。
　もう彼女しか見えない。
　唇と唇が触れる……前に、砂がかかった。
　陣の視界が乱れたのだ。待っている紅美の顔にブロックノイズがかかる。
　学校のチャイムが鳴った。唐突に、しかも狂ったテンポで。
　ざあっと砂嵐に包まれた気がした。何も映っていないテレビよりずっとひどい状況だ。光が明滅して眼を空けていられない。
「なにこれっ！」
　紅美が叫ぶのが聞こえる。手にはまだ、彼女の肩の感触があった。
　大量の砂はもはや幻覚ではない。すさまじい勢いで顔に吹き付けてくる。
「南無三！」
　目を閉じたままぐいと紅美を引き寄せ、砂が襲ってくるのとは反対の方向に駆け出した。
「ちょッ……これ、なによまったく！」
　彼女の声に我に返って目を開ける。
　そのとき紅美も目を開けた。
「うわ近ッ！」
　距離わずか数センチ、間近に互いの顔があった。
「なんであんたがここにいんのよ！　てか顔寄せんな！　変態キモッ！」
　雷光のような平手打ちが紅美から飛んだ。しかし、
「そぉいっ！」
　陣もこの展開は読めていた。すばやく左手をつきあげガードする。
　だが次は陣も読めなかった。
「超キモッ！」
　つづけて紅美が放ったのは無慈悲な頭突き。これが、ゴスッ、と脳内で音がするくらいクリーンヒットしたのであった。