FEAR THE FORCE：夢幻泡影｜リアクション

FEAR THE FORCE：夢幻泡影

　慌ただしくスタッフが駆けてゆく。
　入れ替わり立ち替わり忙しい。なにせ本番直前になって、メインカメラが落ちるという機材トラブルに見舞われたのだ。
　ケーブルの束を抱える若手スタッフ、怒鳴られながらボードを用意する半泣きのアシスタントディレクター、そんな騒ぎをよそに女性司会者は、もう一度手鏡を取ってメイクをチェックしている。
　それでも、生本番前だったのは不幸中の幸いだったといえよう。
　あと２分ほどある。自分も落ち着くべきだと思って、用意されたチェアに獅子目悠月は座り直した。せっかくだ、もう一度台本に目を通しておこうか。
「スタンバイ！」
　声をかけられ悠月は席を立つ。
　衣装胸元のスパンコールが、脚光を浴びてきらきらと光った。

「Ｒｅデビュー1周年と新作のチャート連続1位獲得、おめでとうございます！」
　女性司会者が、にこやかに話を振ってきた。
「ありがとうございます」
　悠月はおだやかに返した。この局アナあがりのタレント司会者が自分たちの新作をまるで聴いていないばかりか、音楽そのものにも興味がないことはうすうす感じ取っている。そういう相手であってもきちんと、『大人の対応』ができるようになって久しい。
　レコーディング時に苦労した点、リードシングルや特に気に入っている曲など、ありきたりだが大切な質問に丁寧に答えているうち、話はごく当然のように、デビュー前の過去に踏みいるものへと移っていった。
「彼とは、教室で再会したんでしたよね」
「ええ、気がついたとき本当にびっくりして」
　待てよ、と悠月の心の声が告げる。
　再会？
　ということはそれ以前があるはずだ。
　教室が最初ではなかったか。初対面の場は……？
「初のステージも教室とうかがっていますが」
　司会者はカメラの真下に用意されたボード、ADが掲げる『カンペ』をそのまま読んでいるだけだ。だからこの内容が公式（オフィシャル）な内容なのは間違いないだろう。
　けれど悠月の記憶は違う。
　忘れられるはずがないではないか。
　光の雨のようなライティングを。
　滝壺に立っているかのような躍動感を。
　どうして忘れていたんだ。
　どうして忘れていられたんだ。
　神魂の影響を受けた、あのステージを！
　ここはテレビ局のスタジオ、生本番中のワイドショー撮影現場、当然たくさんの人間がいるというのに、悠月はにわかに、自分は孤独なのだと感じだ。
　無人の惑星に取り残されたような気分だ。
「……獅子目さん、ありがとうございました！　Ｒｅは本日夜の生特番にもご登場いただきます！　お知らせに続いては、可愛いワンちゃんのコーナーです」
　死んだような目で手を振り出演を済ませ、楽屋に戻ったところで悠月は形態に着信が入っていることに気がついた。
　マネージャーがいないことを確認すると、発信者名を確認する。
　志波武道、とあった。
　コールバックするのにためらいはなかった。