仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

　三ヶ島葵は図書館にいた。つまらなそうに『寝子島郷土史』のページをめくる。机の横には島にまつわる伝承や昔話の本が積まれている。島の伝承には妖怪や精霊、そして落ちてきた神の話が数多く遺されていた。だがそのどれもがおとぎ話の粋を出ない、あいまいな描写のものばかり。生きた証拠は手近にあるのに、まともな支えが見つからない。
「この葵さんに怪異の根源を隠し通そうったって、そうはいかないんだよー」
葵は躍起になってページを繰る。

いたずら狸のお話
……こうして熊に化けて人をおどしていたいたずら狸は、村人たちに棒でぶたれてしまいました。
「ごめんなさい、ゆるしてください。金輪際悪さはもういたしませんから」
狸が泣いて謝ると、たちまち化かす力を失って、おとなしい普通の狸になったのでした。

「これじゃぜんっぜん、わからないんだよー！」
机を思わずばんっと叩く。
「だいたいこの狸はもれいびなの？　神魂がアレなの？　狸の妖怪なの？　どっちなのさー！」
しばし葵は頭を抱えた。気を取り直して、ストラップで首から提げていたデジカメを手にすると、撮影したばかりのちぎりの写真をスライドショーでチェックする。
「この子も、もれいびかどうかはわかんないしねー……」

「それ、ひょっとして用務員室のちぎりか？」
突如上から振る声に、葵は仰天する。
「えええっえぁ!?　そ、そうだけどー……？　ってなんだ、御剣君かー」
「悪かったな。脅かしちまったか？　三ヶ島」
「別に平気だよー。いかにもこれは話題のあの子だねー」
声の主は同学年の御剣刀だった。平静を取り戻した葵は、いつもの一見にこやかだが、どこかシニカルな表情を浮かべる。
「三ヶ島も調べてくれてるのか。俺も何か昔の本でわかることがあればと思って来たんだ」
「うんうん、そうだねー。やっぱりフツウに生きてけないのは大変だもんねー」
「ああ。最終的には、ちぎりの体のどこまでが神魂の影響を受けているのか、どうやったらその影響を完全に取り除けるのかを突き止めたい」
「なるほどねー。私もどうにかしたげたいと思っているんだよー。本は今日ずうっと調べているけど、『改心したら治りました』とか、『よくわかんないけど抜けました』とかはっきりしない伝承ばかりなんだよねー」
本音を言えば、野鳥の保護や他の生徒との協力は念頭にない。葵は怪異を信憑性のきわめて高いゴシップとして楽しみたいだけなのだ。根も葉もない噂を味わうだけなんてつまらない。超常の現象には、それをもっともらしくさせるための裏づけが必要だ。こうしてまじめに過去の文献を調べているのも、自分の満足度を高めるためでもあり、また多くの読み手の関心をひくためだった。けれどそのことはおくびにも出さず、葵は刀に同調してみせる。
「こっちは私に任せておいてよー。たいした情報はないかもだけど、何かあれば連絡するからねー。『ねこったー』のアカウントかメールアドレス、教えてくれるかなー？」
「ああ。それじゃ、俺は動物病院に行ってこようと思う。またな」
「はいはーい。またー」
刀の背にひらひらと手を振って、葵はまた古びた文献に視線を戻した。
「病院ですかー。現代医学であれがどうにかなるとも思えないけどねー」
それとも、解剖でもしたらわかるのかもねー？　葵はちょっとブラックな想像に微笑んだ。