仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

（しらないよ、あんなやつ。おれたちのなかまじゃないよ）
「そう……ですか……」
（そうさ。すぐによたよたにげるし、よわむしなんだ）
　街のカラスたちは口々にそう言った。野生の掟に生きる野鳥たちの言葉は、時に辛辣になる。言葉の通じる御巫時子相手に気を許した鳥たちの発言には、『弱い者は生きていけない』という真理が含まれていた。それを間違っている、とはとても言えない。

（むれのかずがへっているよ。おおかぜがあったせいだよ）
対して山や森のカラスたちはこう答えた。
（そいつはきっとぼくらのなかまだよ。かえってきてほしいよ）
「では、ちぎりさんは……九夜山生まれなんですね……」
時子は緑に覆われた山を見上げる。あの山、あの森のどこかに、ちぎりの家族や兄弟がいるのだろうか？
　窓の修繕を行っている長南武治を見つけ、時子は声をかけた。
「お疲れさまです……。用務員室のカラスに会いに行ってもいいですか……？」
武治は笑顔でいいとも、行っておいで、と答える。時子は一礼をして用務員室に向かった。

「失礼します……。」
用務員室には誰もいない。それでも時子は一礼をしてから静かに入室した。机の足元に置かれたバケツに歩み寄る。その中には赤子のように白いタオルに包まれたカラスが入っていた。時子を見上げ、せわしなく頭を動かす。かつては妖怪と呼ばれ、自然のルールから落ちこぼれ、人の世話でかろうじて生かされている哀れな鳥。見つめる時子の心には、この鳥への慈しみと、やりきれない悲しみが沸き起こる。
「ちぎりさん、翼の具合はいかがですか……？」
そっとしゃがみこみ、頭から背にかけてなでてやる。この部分は濡れておらず、羽毛がほのかに暖かかった。誰かが世話をしてくれた後らしく、翼のタオルはまだ乾いている部分がある。多くの生徒がちぎりに心を傾けてくれていることは、時子にとってもうれしいことだった。
（はねがおもいよ）
ろっこん『鳥の囀り』を介して、時子はちぎりと会話する。ちぎりの言葉は幼児のようにたどたどしかった。
「辛いところはないですか……？」
（はねがおもいよ）
幼鳥が繰り返す言葉に、時子は胸が締め付けられそうになる。これではあまりにも哀れだ。
「ちぎりさん。お話をしませんか……？」
（する）
間髪入れずに答えるちぎりに、時子は微笑む。会話する元気があるなら、望みは見出せる。
「お水がとまらなくなったのは、いつか覚えていたら教えてください……」
（よる）
「夜の、どんな時でしたか……？」
（おなかすいてのどかわいてしにそうになったとき）
「死にそうになったとき……」
生命に危険があったときと言うことだろうか。時子は眉根を寄せて考え込む。
「何があったんですか……？」
（おちたの）
「ちぎりさんは、何か強くお願いをしましたか……？」
（たすけて、おみずのみたい、っておもった）