仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

「こんにちは、ちぎりちゃん」
　柔らかなふわふわとした茶色い髪がのぞく。それだけで相手が誰かわかったちぎりは首を伸ばして恵御納夏朝を待った。夏朝はカラス入りのバケツをよいしょ、と持ち上げる。小さな体を羽拭き台に載せて、乾いたタオルで羽の水を吸い取ってやる。
「お昼も誰かがお世話したんだよね？　それでもこんなにお水が出ちゃうのかぁ」
幼鳥はただ首をかしげる。そして気持ちよさそうに目を細めた。
夏朝がいちばん好きなのは猫だが、他の動物がどうでもいいわけではない。ねこったーで広まったちぎりの噂は夏朝にとって気になるものだったし、実際に会ってしまうとかわいそうでたまらなくなった。だからこうして、時々面倒をみてやっている。

「おや、今日の放課後は恵御納さんかい。ありがとうねえ」
作業から戻った長南武治がキャップを脱ぎ、自分よりもはるかに年下の少女に会釈する。
「ううん、チョーさんこそお疲れさまです。ちぎりちゃんを置いてくれるだけでありがたいな」
実質、この用務員室が最後の防波堤になっていた。ここを出されれば、もう学内にはちぎりの居場所はない。老いた用務員の負担を少しでも減らすことができれば。一週間というタイムリミットは心に重くのしかかっていたが、できることがあれば力になりたい。夏朝はそう思っていた。
（もうすぐ会議もあるはず。何かいい解決法が出てくればいいな）
夏朝の扱いはていねいで、ちぎりは安心しきっている。彼女が来ると、世話の後に必ず遊んでもらえることも覚えていた。拭き取った後のタオルをぎゅっとしぼると、驚くほどの量の水が流れ出す。まるで風呂場に沈めてあったかのようだ。
「透き通っていて、きれいなお水。何か使い道はないかなぁ」
思わず口に出すと、後ろで工具の手入れをしていた武治がのんびりと答えた。
「夜中に溜まっていた分は、私が花壇にやっているよ。でもとても使い切れないねぇ」
きれいな水の足りない昔だったら、ちぎりちゃんはみんなに感謝されたんだろうけどねぇ、と笑う声は力ない。少し疲れているように見えた。

「よーし、おしまいだよ。ちぎりちゃん、あそぼっか？」
夏朝が換えのタオルを手にしたところで、扉をノックする音がした。武治が席を立ち、扉を開く。
「ああ！　日月先生、こんなところまですみませんねえ。よろしくお願いします」
「いいえ、何も問題ないですよ。失礼します」
入ってきたのは『たちもり動物病院』の若院長、日月透だった。
「恵御納さん。ちょっと心配なことがあってね、先生に往診をお願いしたんだ。今からちぎりちゃんを診てもらおうと思うんだよ。タオルを巻く前に、いいかな？」
「あ、はいっ」
夏朝はちぎりをタオルに巻いて抱きかかえる。それからデスクの上に広げられた白い布の上に、そっと置いてやった。ここが簡易の診察台になるようだ。突然現れたおとなの男性が近寄ってきて、夏朝に遊んでもらえるはずなのに突然台の上に置かれる。いったい何が起こるのかと、子ガラスは不安に首をぐるぐると回した。小さく警戒の声を出す。
（学校内で拾われたせいか、大人を怖がる傾向にありますね……）

　御剣刀は『たちもり動物病院』に電話をかける。が、呼び出し音がしばらく続くと、機械音声の留守番案内が答える。それはすぐにファックスの受信待機音に切り替わった。
「昼休みかな？　にしては、遅いし……往診だろうか」
今は行ってもしかたがない。刀は先に用務員室に寄ろうと進路を変えた。メールに気づいて本文を読む。
『三ヶ島だよー。伝承の線はダメだねー。不自然なくらいぼかした表現ばっかりで』
「昔だってらっかみはいた。神魂だってあっただろう。……何が現代と違うんだ？」
首をひねりながらも、刀は新たな行き先へと急ぐ。