仮のちぎりを　いかで結ばん｜リアクション

仮のちぎりを　いかで結ばん

「能美子ちゃん、行こ行こ！」
　小柄な少女が、自分よりはるかに背の高い少女の手をしっかりと握り、リードするように進む。前を行くのは桜庭円。困ったような、照れたような複雑な表情で引っ張られているのは弘明寺能美子だ。最近二人は学内外のさまざまな場面で一緒に行動することが多くなっていた。明るくオープンな性質の円に影響を受けて、気難しいが善美を見分ける目の高い能美子の美点も表に引き出されつつあった。

二人が向かった先は用務員室。カラスの『ちぎり』が一時的に保護されている場所である。
「今日は能美子ちゃんが先に声かけてあげて」
「えっ!?　うっ……うん……」
能美子は一瞬硬直する。ちぎりが憎いわけではないが、少し苦手な気持ちがあった。というのも、妖怪事件の時からこの鳥にかかわっている彼女は、ろっこんで過去視を行った際、ちょっと不快な体験をしたからだ。『役立たずの逆さ時計』は壊れたものの過去を見る。だが、壊れていないものを見ようとするとどうなるか――。あの気持ちの悪さは、今思い出してもぞっとする。
「ここここんにちは」
奇妙なあいさつに、ちぎりは首を傾げてアイタタ、アイタタと答えた。
「わー！　ちぎりちゃん、おしゃべりできるようになったんだね。いいこいいこ！」
円は大喜びして子ガラスのあたまをぐりぐりとなでる。ずいぶん乱暴な気もするのだが、ちぎりは喜んでいるようだ。はらはらしながら見ている能美子をよそに、円は喉の下をわしゃわしゃとし始めた。
「能美子ちゃんにちゃんとあいさつしてたねー。賢いねぇ」
（ええっ!?　そ、そんなことしても平気なのね……）
ほらほら能美子ちゃんも、とせかされて、能美子は恐る恐る手を伸ばす。壊れていない、まったき生命であるちぎりは、能美子の手を受け入れた。なでてやると気持ちよさそうに目を閉じる。妙な感覚が伝わってくることもなかった。途中懐からにゃーくんが顔を出して、驚いたちぎりがバケツごと倒れかけるというハプニングもあったが、子猫が自分に害なすものでないと知った後は、円が持参した車のおもちゃに一緒に乗ってはしゃいだり、思いのほか力持ちなにゃーくんが車の紐を牽引し、その様子に少女たちが湧いたりと、ほのぼのとした時間が過ぎていった。

「水さえなくなれば、ひとりで飛べるのにね」
楽しそうにしていた円が、ふいにぽつりと言った。視線の先には、にゃーくんとじたばたしているちぎりがいる。タオルがはずれて、おもちゃと床を濡らしていた。
「……うん」
能美子もうなずく。
「私……ううん、私たちもれいびがちぎりを見つけたのには意味があると思う」
「そうだよね。そうじゃなきゃおかしいよね。神魂は神さまの力でもあるけど、ぼくたちの一部にもなってる。この子に宿った神魂も、無駄なものじゃないと思いたいな。必要だから与えられた、そうであってほしいんだ」
「桜庭さん、あ、明日……会議、出てみない？」
今だ！　言い出すなら、今でなければ。能美子の精一杯の提案だった。
「円でいいってば！　もちろん、行くよ。二人でこの子を幸せにしてあげる方法、考えよ！」
立ち上がった円は、ちぎりのバケツを抱えている。
「その前に、ちょっとちぎりちゃんとお散歩しよっか！」