霧中の獣｜リアクション

霧中の獣

「っ！？　何だっ！？」

　風雲児轟の日課であるランニング。その途中で突然あまりにも濃い霧が周囲を覆う。霧がこんなに急速に広がる事などあり得ないのだが異常事態はそれだけではない。
　明らかに何かが起ったと思われる悲鳴が聞こえて来たのだ。これは只事ではないと轟は即座に自身のろっこんである『戦衣着装』を発動。衣服を変化させて変身が完了すると悲鳴の上がった方向へと全速力で走って向かう。

「座り込んでる人がいる、あそこか！　……いやだが、何もいねえ？」

　轟は道の側に何かを恐れるように震えて座り込んでいる人は見つけたのだが、ただそれだけだ。他には人も物も何もない。
　怪訝に思っていると不意に轟から少し離れたところで周囲の霧が集まり狼なのか熊なのかはっきりとしない二足歩行の獣が現れた。

「おいおい、マジか」
『グルルルァアアア』

　突然の事に轟は驚くが、霧の獣が上げる唸り声に咄嗟に身構えた。轟の方を見て唸り声を上げているその様子は警戒をしている、というよりも敵意を剥き出しにしていると言った方が正しいだろう。
　道の側で震えていた人がその霧の獣を見て悲鳴を上げたのを見ても、友好的だとは轟には思えなかった。

「いくぜ！」

　轟が大地を蹴ると獣もまた合わせたように動き出す。だが、その動きは対象的とさえ言えた。
　獣は一直線に轟を目掛けて突進してくるのに対して轟はフットワークを駆使して闘牛士の如くそれを翻弄する。

　轟のいた空間を爪が薙いでいく。その速度は人が出せるそれではない。だが、ろっこんの進化能力を駆使する今の轟にならば対応できない程ではない。
　獣の攻撃を掻い潜り、接近と離脱を繰り返しながらその合間にパンチやキックを加える。相手が霧の獣だけあってどこまで効いているかは解らないがけして焦らない。

『グォオオオオオオ！』

　怒りに燃える獣。殺すとばかりに輝きを増す紅の双眸。
　だが、そんな獣の様子にも轟は一瞬たりとも怯む事はない。ろっこんを用いて変身しているとは言え、轟のその精神は正しくヒーローのそれだ。
　ここでこの獣を逃せばどれだけの被害が出るかも解らない。誰に危機が及ぶか解らない。そんな事はさせるわけにはいかないとばかりに全身に力を漲らせる。

「おらぁっ！」

　再び獣の顔面らしきところを捉える轟の拳。段々と獣の動きを把握出来てきている為に轟の攻撃頻度は増えてきている。
　逆に獣は観察をするという事をしらないのか、最初から変わらない動きのまま愚直に轟を狙い続けている。

　既にこの霧の獣が人に掴まれている状態では霧になる事が出来ないというのも轟は確信をしていた。
　幾度か霧になる事でこの獣が轟の攻撃を避けていたのだが、轟が触れている時には霧になって避けるという行動をした事がないのだ。

『ガルァアアアアアッ』

　何度目かの獣の咆哮からの突進。

「今っ！」

　それを紙一重で避けた轟は今までとは違い獣の懐深くに潜り込む。ここで決める為に。
　力を込めた拳で相手を殴る。その拳が相手から離れる前にもう片方の拳で相手を殴る。言葉にすればそれは単純なものだ。ただのラッシュだ。

　だが、ここで必ず決めると決意した轟の全力のラッシュは獣に対して何かする事を許さない。
　それはミサイルの弾幕か。轟が気付いた時には霧の獣の体躯は完全に霧散していた。

「ふぅ……」

　ろっこんを解除して轟が一息吐く。だが、それも束の間直ぐにねこったーを開いた。未だ唐突な霧は消え去っていない。ならば、まだ事態は収まっていないと見るべきだと考えたのだ。
　敵がいる限り、轟のやるべき事はまだ終わっていないのだ。