霧中の獣｜リアクション

霧中の獣

「これは……。また酷い霧ね」

　椎井莉鳥が通学の為にシーサイドタウンの自宅を出てみればそこは一面濃霧の世界であった。
　視界がほぼ効かない状態ではあるが、それでも慎重に少しずつ進んでいく。

　そうしてどれだけ進んだ事だろうか。暫く進んだところで唐突に悲鳴が上がる。声からして女性だろうか。
　咄嗟の事に莉鳥はまず身を低くして周囲を警戒。辺りは相変わらずの霧。悲鳴以外の物音は――微かに何かが聞こえたような気がしたが解らない。
　とりあえずは、悲鳴のした方へと向かう事にしたようでそのまま慎重に移動を開始する莉鳥。

　すると、誰かが倒れているのを発見した。着ているのは寝子高の制服のようなので、莉鳥と同じ寝子高の学生なのだろう。
　再び辺りを見渡してみてもやはり何も見えない。怪訝な顔をしながらも莉鳥は倒れている女子生徒を介抱する。

「大丈夫？」
「あ……。き、気をつけて。霧の、中から……化け物が……」

　介抱しつつ女子生徒に詳しい話を聞けば、突然霧の中から霧みたいな獣の化け物が襲いかかって来たらしい。
　腕を掴まれたが、鞄でハチャメチャに暴れて叩いたら解放されて霧みたいに消えたのだとか。

「……そう、解ったわ。もう立てそうね？　なら、暫くどこかに隠れていた方が良いわ」

　そう言い捨てるように言うと女子生徒が何か言う前に莉鳥はその場を離れる。
　注意深く全身の神経を研ぎ澄まさせてアンテナを張る。女子生徒の話によれば突然現れたとの事だが、霧に紛れているだろうか？　だが、気になったのは霧みたいな化け物だったというところだ。もしかしたら、霧そのものが化け物になった可能性もある。

「でも、そうなると今も周囲にあるこの霧が何故襲って来ないのかという事になるわね……」

　この異常な霧と化け物の間に因果関係は間違いなくある筈だ。ならば、一体どのような関係か？
　どのような手段を用いたのかは解らないけど、霧を発生させたのが化け物であるのは間違いない筈。
　
　そんな思考に莉鳥が没頭していると、不意に霧の奥で何かが光る。血のように紅い光だ。
　そして、その刹那に霧が集まったかと思うと二足歩行の獣へと変じる。霧だからか狼なのか何なのかどこか曖昧だ。

「……なるほど。霧になる事が出来る、というわけね？」

　厄介だと莉鳥は思った。霧になる事ができるならこちらの攻撃は効かない可能性がある。
　いやだが、それだとおかしい。確か先程の女子生徒の話では鞄で叩く事が出来ている。何故、霧になって避けなかった？

『ガオォオオッ』

　しかし、その思考を遮るかのように爪の鋭い一閃が莉鳥に向かって閃く。
　莉鳥は身を捻り何とかギリギリのところで躱す。その瞬間に自身のろっこん『スタンハンド』を発動。彼女の指先から電気が迸り霧の獣へと命中する。

「あまり効いてなさそうね……」

　霧だからだろうか。莉鳥のろっこんによる攻撃がそこまで効果を示していない。全く効いていないというわけではないようなので出力が足りなかったのかもしれない。
　怒りの表情を浮かべた獣が自らの爪を莉鳥に突き立てようとするも転がるようにしてそれから逃れる。
　
　だが、怒りに染まった獣はけして逃がさないとばかりに莉鳥を追ってくる。莉鳥は逃れた先に偶然あった金属製の棒を拾うとそれを咄嗟に獣へと差し出すようにして突き立てた。
　それと同時に棒を力一杯握り締め、莉鳥の身体全体が電気、いや、雷を纏い始める。

「あああああああっ」

　まるでそれは意思を持っているかのように。眩い無数の電撃が霧の獣を呑み込んだかと思えばそのまま霧散させていった。

「……はぁ」

　後に残るは全力を出し切った莉鳥の溜息。未だ霧は残るものの一先ずの脅威を払う事に成功したのだった。