霧中の獣｜リアクション

霧中の獣

「ふぅん……。霧の中に潜む獣ね。面白いわ、全力で戦ってあげる」

　突然寝子島を覆った謎の霧。その霧が起こしている異変を知った尾鎌蛇那伊は面白そうにそう呟く。
　この霧の中に潜む狼とも熊とも言える二足歩行の霧の獣。蛇那伊はそれと戦ってみたいと思ったのだ。

「旧市街を見て回りましょうか。目印は赤い光、ね」

　果たして霧の獣はどのような強さを持つ存在なのか。蛇那伊とすればそれが楽しみでならないようだ。

　気を練り上げて戦闘態勢を整えている蛇那伊は一点でなく全体を見るようにしながら、五感を研ぎ澄まして全身の感覚の全てで周囲の状況を把握している。
　相手は実体になる際は霧が集まるという事で、まず間違いなく先に見つけて攻撃を仕掛ける事は出来ないだろう。

　どうやら情報を見てみたところ、攻撃そのものは爪や牙によるものらしくとても獣らしいものとなっているようだ。
　ならば、相手が攻撃を仕掛けてきたところに対応する事も可能な筈なのだ。

「むっ」
『グルルルルル』

　虚空に浮かぶ紅の輝き。どうやら相手は奇襲はしかけて来なかったようだ。牽制するように唸り声を上げている。もしかしたら気を練っている事で蛇那伊が警戒している事に気付いたのかもしれない。
　とは言え、こうして姿を現した以上は相手を狩れると判断したのだろうが。

「ふっ、かかってきなさい！」
『ガァアアアッ』

　言われずともと言っているかのように爪を振るいながら突進をしてくる霧の獣。
　蛇那伊は腕を動かす。それもただ動かすのではなく、まるでそれは流水の如く。霧のような不定形に近い身体であるが故に人間等よりは読み難いが、それでも獣の腕を受け流し続ける。

　こうして相手の攻撃を受け流し続ければ、例え身体の構造から動きを読めなくても相手の思考からの読みが出来るようになってくる。
　どういう攻撃を好み、どのパターンの腕の振りが多いか。それが解れば先手を取る事が出来るようになる。

「取った！」

　そして、相手の動きを把握し切った蛇那伊は獣が最も体勢を崩すように受け流した後にその腕を逆に取る。
　こうする事で霧になって逃げれないようにしたのだ。

「ハァアアアアアアッ」

　裂帛の気合。これだけ距離を詰めた状態だと勢いをつけた打撃は難しい。そもそも片方の腕が使えない時点で半減も良いところだ。
　だから、蛇那伊は勁を用いて勝負を決めるつもりでいた。

　拳を獣の腹に押し付け、獣を掴んでいる腕以外の力を弛緩させた――かと思えば、瞬時にして足に力を入れて踏み込み、更には全身の力をも腕へと通す。

『グギャオッ』

　霧の獣であるが故に人間相手の時のように骨が砕けた音が響くような事はない。
　だが、その一撃を持って霧散していく白き獣を見れば、その威力の程は解るというものだ。

「ふぅ。まぁ、こんなものかしらね。そこそこ楽しめたけど、ちょっと工夫が足らない相手だったわねぇ」

　殺意を持った霧の獣。そんな怪異も蛇那伊からすると少し物足りない相手であったようだ。