霧中の獣｜リアクション

霧中の獣

「うーん、何だろこの霧……。何か凄く嫌な感じ」

　今日も今日とて買い物をしにシーサイドタウンを歩いていた恵御納夏朝はその途中で突然の霧に遭遇する。
　この島でも霧は全くないわけではないが、それにしても少し不自然だと夏朝は思った。まるで夕立のように突然霧が広まっていったように見えたのだ。
　更にはこの霧自体に何とも言えない悪意のようなものを感じるのだ。

「これは……。霧の中の獣……。寝子島に害をなし、フツウを壊すつもりなら、許せない」

　もしかして神魂に絡む怪異かもしれない。それを感じ取った夏朝はねこったー等でこの霧の情報が出てないか調べていたのだが、既に幾つかの情報が上がっていた。
　何でもこの霧の中に獣のような何かがいるらしいのだ。夏朝が感じた悪意もこの獣のものなのかもしれない。
　放ってはおけない。そう思った夏朝はこの霧の中で獣を探す事を決意する。

　その前に夏朝は自分の服にねこシールを貼っておき、自らの身を軽くしておいた。こうする事で進化能力が即時発動できるからだ。
　ねこったーで見た限り、物理攻撃は有効との事なので雨が降った時の為に用意しておいた折り畳み傘と今日の買い物の一つであった包丁で何とか出来るだろう。
　とは言えども、包丁は必要なのであまり汚したくないという思いもあったりはするのだが。

「実体を現した後に何か物とかが身体に当たってれば霧になる事が出来ない……」

　夏朝は武術等の達人ではない。だから、獣よりも俊敏に動く事など到底できないだろうと考え、相手にまずは攻撃させるしかないかなと思った。
　至近距離でろっこんの進化能力を使えば、恐らくはねこシールを貼る事くらいは出来る筈だ。

「っ！？」

　来た。今まで感じていたものよりもずっと濃い悪意。霧の中に浮かぶ紅の双眸。
　だが、夏朝は敢えて気付かないフリをして無防備にその方角へと歩いて行く。こうする事で、他の人へと向かう事を避けたのだ。

『ガァアアアッ』

　それは獲物が来たという歓喜の声か。どこか曖昧な形状をした二足歩行の霧の獣は大きく口を開けて夏朝へと悪意を向ける。
　肉を喰らわんとする牙が夏朝の肩を掠る。辛うじて、本当に辛うじて何とか反応が間に合ったのだ。

「こ、のっ！」

　折り畳み傘によるビンタ。霧の獣はどうやら想定外の事だったらしくそれをまともに喰らって体勢を崩す。とは言え、それでやられるという事はない。
　それは夏朝とて予想の範囲内であり、既に次の行動を起こしている。即ちは――ろっこんの進化能力だ。

「目一杯重く！」

　無数のねこシールが宙を舞って飛び、白き獣へ殺到する。殺到といってもそれ自体に殺傷能力はない。だが、攻撃を喰らい油断していた獣は霧になる前にねこシールを貼られてしまった。
　身体が重い。そんな事を感じる間もなく、追加のねこシールが手足に飛んできてあれよあれよという間に身動きを取る事すら大変な状態になる。

　霧の獣が失敗した点はただ一つ。無防備な夏朝を見て、警戒を怠り自らが狩る側だと勘違いしてしまった事にある。
　もう少し慎重に動けばまた違った状況にもなっただろう。この獣は獲物を前にして狩りの鉄則を忘れてしまったのだ。

　獣の身体に響くような重い刺突が首の頸動脈辺りに突き刺さる。夏朝が持っていた包丁によるものだ。
　霧の身体である為にかそこを刺しても赤い血が溢れる事はない。ただ、霧のような何かが散って消えるだけだ。

『ア、アガグルァアッ』

　認めない、認めない。それはそんな風に聞こえる咆哮、いや断末魔だろうか。
　無茶苦茶に爪を振るうも、それが掠ろうと夏朝が怯む事はない。抜いた包丁を再度深く、深く突き刺していく。

「君達が、次に生まれ変わるなら人を襲う、霧の獣じゃなくて……可愛くて人を襲わない、小さな普通の動物になってね」

　生まれ変わりがあるかどうかは解らない。だが、夏朝はそう願わずにはいれなかった。