霧中の獣｜リアクション

霧中の獣

「よく分からないけど……。これ以上、傷つけさせないから！」

　決意と共に言葉を吐き出す伊藤佳奈の後ろには未だ倒れたままの女子生徒がいる。彼女は意識を取り戻す気配はない。
　左右の足を剣道の構えより大きく開き、竹刀の剣先とで三角形になるよう正眼に構える。それは眼前の敵と戦う為の構え。

「一刀流伊藤佳奈。一手御指南願い奉る！」

　それは現代には即さない、言わば時代劇風の名乗り上げだ。佳奈は剣道を修めているとはいえそれだけだ。目の前にいるような獣と戦う事に恐怖感がないわけではない。だけど、それでも倒れている女生徒を見捨てる事は出来ないでいる。だから、その恐怖感を払拭する為の名乗り上げだった。

『グルルルゥ』

　その名乗り上げを受けてというわけではないだろうが、竹刀を構える佳奈の事を白き獣もどうやら敵と認めたらしい。
　獣ならば恐らく人間の武術的な技術は恐らく持っていない筈だ。だから、油断せずにきちんと視ておけば動きの起りを確実に捉える事も出来る筈だ。そう考えた佳奈は獣の動きの一つ一つに注意を払う。

『ガルァアアアッ』

　咆哮と共に飛びかかるようにして右の爪による攻撃。だが、動きの起こりを捉えていた佳奈は冷静にそれを切り落とし、相手の眉間辺りに突きを打つ。
　たたらを踏んでその場で頭を振るう獣。どうやら霧の獣とは言えこうして形を成している時はちゃんと攻撃は効くようだと佳奈は安堵した。

　これならばもしかしたら何とかなるかもしれない、と思ったのだが事はそう簡単ではなかった。
　何故か解らないが攻撃が効く時と効かない時がある。より正確に言えば、霧みたいに攻撃がすり抜ける時があるのだ。

（考えろ、考えろ……。攻撃が当たる時と当らない時の違いは何？　切り落としをした後は必ず当たってる。……いや、そうか。こっちから攻撃する時には相手が霧に戻ってるんだ）

　切り落としをしてからの攻撃は当たる。つまりカウンターの時は必ず当たるとも言える。
　そう言えば、一度だけこちらから攻撃した時に当たった事があったのを佳奈は思い出す。あの時は直前にたまたま足捌きの際に弾いた小石が霧の獣に当たったのだ。

（つまり、もしかして姿を形成している時に何か物が触れてると霧に戻れない？）

　そう判断すると佳奈は爪による攻撃を切り落とししてからの胴薙ぎで獣を吹き飛ばして距離を取る。
　相手が体勢を整えるその前にバッグから剣道着を取り出した。これを相手が攻撃してきた時に被せれば霧になる事が出来なくなるかもしれないと考えたのだ。
　幸いな事に相手はそこまで頭が良くないらしく、切り落としをされても何回も同じ攻撃をしてきている。ならば、チャンスはある筈なのだ。

『ゴァアアアアッ』

　殺す。その意思を体現したかのように大きく口を開け牙を持って噛み砕かんとする。だが、その牙が、爪が佳奈に届く事はない。
　獣の腕を弾き、受け流してから顎を打ち上げる。そして、獣の背中へと回り込む間に剣道着を上から被せるのを忘れない。

『グガァッ！？』
「金翅鳥王剣！」

　獣の混乱の声と佳奈の魂の一声は同時。
　この技は佳奈の使う技の中でもカウンターの極致とも言えるもの。相手が攻めるその一瞬前に全力の一撃を叩きこむもの。
　これをやるには相手の動きを完全に捉える必要があったが、ここまでの攻防で既に掌握済みだ。後は、相手から攻めさせれば良い。獣ならば恐らく言葉に乗せた殺気に反応して行動するだろうと佳奈は思った。

『グルォオオオッ』

　そして、佳奈の狙い通りに獣は動く。
　視界から消え去ったと思ったら背後から感じる殺気に振り向いて飛びかかってくる。
　それに合わせて脚を踏み込み、全身の力を流動させる。

　金翅鳥王。それ即ちはインド神話の神鳥にして迦楼羅天とも呼ばれる存在。
　その太刀筋は金色の炎を操るとも言われる迦楼羅天の太刀筋に相応しき雷の如き激しさを持っていた。
　一瞬の交差。先程までの荒々しい戦いとは打って変っての静寂。

「ふぅ……」

　佳奈が息を吐くと霧の化け物が頭から霧散していった。

（そういえば、あの子はこの技が一番好きだっけ）

　佳奈の脳裏に浮かぶのは居候の妹みたいな子。
　敵は倒した。しかし、未だに霧は晴れていない。この霧自体も妙な気がするので佳奈は油断しないようにしつつまずは倒れている女生徒を介抱する事にした。

このページにイラストを設定する

霧中の獣

シナリオ

シナリオデータ

シナリオスケジュール

参加キャラクター一覧