霧中の獣｜リアクション

霧中の獣

「……まだ頭がぼんやりしてるのに……洒落になってないわ」

　いつものように自傷行為にも似た夜の交わりを終えて当てもなく街を彷徨う朝鳥さゆる。
　さゆるは今し方ラブホテルから出て来たところだった。一夜を共にした相手は未だ部屋のベッドで寝ている事だろう。
　シャワーを浴びてから外に出てみれば、そこは霧に包まれた街という状態。シャワーを浴びたばかりのさゆるにとって霧の中を歩くというのは少々肌寒く感じる。肌寒さを感じるのは霧だけの所為ではないのかもしれないが。

「……変ね」

　まるでさゆるを深淵に引き込まんとしているかのように周囲を覆う霧。この霧から妙な気配を感じるのだ。まるで獲物を狙う獣のような気配。
　不審に思ってさゆるが足を止めた瞬間、彼女のろっこん『Stella cadente』が発動し、さゆるの意識が認識するよりも早くその場を飛びのく。

「何……？」

　体勢を整えて先程まで自らがいた場所をさゆるが見てみれば、そこには紅の瞳を輝かせる二足歩行の白き獣。いや、良く見てみればその体躯は集まった霧で出来ているらしかった。
　獰猛な唸り声からして獣である事は間違いないようだが、普通の獣ではないのは一目瞭然。霧の身体である事から恐らくはこの街を覆う霧と無関係ではないだろうとさゆるは考えた。

「霧の化け物、ね。問題は攻撃が効くのかどうかなのだけど」
『グルァアッ』

　さゆるが考えに没頭しようとする暇もない。咆哮を上げたと思えば獣はさゆるへと突っ込んでくる。
　さゆるからすると幸いな事にこの獣は攻撃そのものに何か特殊な能力があるわけではないようで、爪や牙による攻撃や体当たりのような行動しかしてこない。それであればろっこんで攻撃を避ける事自体は出来る。

　だが、だからと言ってさゆるは楽観視も出来なかった。相手が獣であるならば体力はどう足掻いても向こうの方が上だろう。だから、長期戦は不利という事になる。
　今現在、さゆるの手元にある武器らしい物と言えばバタフライナイフくらいだ。このナイフを使って体力が尽きる前に獣をどうにかして倒す必要がある。

　体力がある内はろっこんによって獣の動きに対応する事は出来る。ろっこんの性質上、やるならばカウンターだ。だが、ナイフではただカウンターで対応しただけでは大きなダメージにはならないだろう。
　慎重に行動し、相手を見極める必要がある。しかし、それに関してはさゆるは不安視していなかった。冷静――というよりかは機械のような無感動さで動く事が出来るのを知っているからだ。

　獣が動く。攻撃を裂ける。獣が動く。攻撃を避けたついでにナイフでカウンターをしてみる。獣が動く。獣の腕を掴もうとしてみる。
　確認と検証。さゆるはそれを焦らずに行う。
　その結果、解った事が一つ。この獣は自らの身体を霧にする能力があるという事。そして。恐らく何かが自らに触れている時はそれを使う事が出来ないようだ。

「ただ、ナイフでカウンターをするだけではその能力で無効化される……。つまり、触れる必要があるわね」

　だが、たださゆるが獣の身体を掴んだりするだけでは駄目だ。霧らしくはっきりとしない不定形なところがあるもののそれでも獣に近い存在である為に単純な力比べではさゆるに勝ち目がない。
　だから、例え力で負けていても簡単には引き離されないようにする必要がある。下手をすれば大怪我したり、命を失う危険性さえあるがそれしかない。

「まぁ、問題はないわね」

　さゆるがそう呟く。すると、業を煮やしたのか獣が地面を強く蹴ると覆い被さるように飛びかかって来た。
　しかし、それはさゆるが待っていた行動でもある。

　飛びかかって来た獣に対してさゆるもまた獣へと身体を丸ごとぶつけて行く。獣がその目を大きく見開くのが一瞬見える。
　互いの身体がぶつかるが、想定通りのさゆると想定していなかった獣ではその反応が全く異なる。
　まるで飛び込んで来た恋人を受け止めるようにさゆるを自らの腕の中へと迎え入れてしまった獣の身体に、さゆるはその手に持つナイフを深く突き入れる。

『グガアァアッ！？』

　獣の絶叫。霧の身体である為か血がしぶく事はないが痛みそのものはあるのかもしれない。
　さゆるが腕の中にいる為に爪でどうにかしようとしても浅く掠るだけで上手くいかない。暴れるようにしてさゆるの肩へと噛み付くがそれでも彼女は止まらない。
　深い霧の中でさゆるの血が舞い、獣の絶叫が響く。しかし、急所をナイフで何度も貫かれては流石に耐えきれなかったのか次第に獣の声は小さくなっていった。

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霧中の獣

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