異世界クリエイター、始めました｜リアクション

異世界クリエイター、始めました

●少女は鴉の夢を見る

　大天使天吏の灰色の眼差しが荒廃した世界の中に捉えるは、クローネの理想郷の残滓。
（あの方が愛してやまなかった、ピンクに、メルヘンに満ち溢れた世界……）
　鈍色の空にも、荒れ果てた大地にも。
　彼女の王国の名残は無いに等しく、それでも天吏は、彼女を想う。
（クローネ様の王国無き、色褪せた世界……ああ、でも、）

（……もう一度、あの国を、あの城を）
　天吏は望み、そして思考した。
（声の正体も気になるけど……何をどれまで作り出せるのかしら）
　天吏にとっては、そのことが気掛かりだった。
　消えてしまったクローネの城にあった仕掛けを、どこまで再現できるのか。
（どこまでが、あの人の道具だったのか）
　確かめたい、と思う。
　故に天吏は、記憶を辿り、城の跡地を目指した。
　さくさく、さくさくと行く。
　森はなくなってしまったが、世界樹はいい目印になってくれた。
　《世界を結ぶ扉》の脇も、通り過ぎる。
　彼女の城は、この辺りに位置していた……はず、なのだが。
「本当に、何も残らなかったのね……」
　そこには、城があった痕跡すら見当たらなかった。
　けれども天吏は、そっとその場所で身を屈め、手のひらの中の金のタネへと願う。
　天吏が生み出したのは、１枚の絵画。
　この世に１枚きり、この世界を生き抜く術も持たないが、絵画にはきちんと生命があった。
　記憶の中に確かに残る《本物》もまた、その中に、生命と思える存在を有していたから。
（あの時、彼女ともぐりこんだ一枚の、彼女の夢）
　天吏は、絵画の中を覗き見た。
　数多の美男を侍らせた、１羽のカラスが描かれている。
　背景は、甘い甘いピンク色だ。
　そしてそれらは、ちらちらと、動いているように見えるのだった。
　手を伸ばし、指先で絵に触れる。
　途端、天吏の姿は、その場から掻き消えた――。

「あら、いらっしゃ～い」
　気だるげな声が、笑みを含んで天吏を呼ぶ。
　気付けば天吏は、絵画の中の、甘やかなピンク色の世界にいた。
　美男達に口元に運ばせた苺を口に味わってから、絵の中の彼女は、面白がっているように言った。
「で、これは一体どういうこと？」
　尋ねられて、天吏は、絵の中の彼女へと、掻い摘んで事情を説明する。
　ふぅん、と、絵の中の彼女は、何でもないことのように零した。
「つまり、私はあんたに創造された、偽物のレプリカってわけね。ややこしいわねぇ」
「ごめんなさい。このメルヘンじゃない世界に呼んでしまって」
「ああ、いいのいいの。私は、私が面白おかしく生きられるなら、それでいいから」
　外のことはここにいたら殆ど関係ないし、と、絵の中の彼女。
　彼女の姿を目に、天吏は、細く息を吐く。
「苺、メルヘン……大好きな世界でした」
「ここには全部揃ってるけど、まあ、本物の私からしたら面白くないでしょうねぇ」
　ここに来て、絵の中の彼女は遂に、微かに不機嫌の色が滲む声を出した。
　その声を耳に、天吏は、静かに安堵する。
（クローネ様の王国の復活を、私だけじゃない、目の前の彼女も望んでいる……）
　新たな生命が数多く息吹く中で、それでも、王国の欠片は此処にあった。

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