【彼の微笑み】

　学食で期間限定、朝食が１００円！
　そんな情報を聞き付け、大いに歓喜したのが、かの猫鳴館に住まう学生たちでした。
「ひゃ、１００円！？　すごい！　行かなくちゃ……！」
　綾辻 綾花もまた登校するなり、奇跡のようなその言葉に驚いたものです。
　彼女が猫鳴館での朝食を少しばかり減らしてきたのは、なにもダイエットのためというわけではありません。もっと切実な理由のため……つまりは、食費を節約しているわけです。
　もろもろの涙ぐましい努力により、慎ましい節約生活を送るビンボー学生たちにとって、１００円朝食開催の知らせはなんとも、魅力的であったことでしょう。



　トレイの上に、あふれんばかりの幸せが乗っています。
　ごはんは栄養たっぷりな雑穀米をチョイス。上には焼きのりも乗せてみました。メインのおかずはあじの干物で、ほうれん草のゴマ和えとしじみ汁が脇を固めております。まさに、完璧な布陣！
「これが全部で１００円だなんて……！」
　しじみだしの濃厚な香りが鼻をくすぐり、綾花の胸をじんわり満たしていきます。
　とはいえ。綾花にとっての幸福は、そんな安くておいしいごはんを朝からお腹いっぱいにいただけることに留まりませんでした。理事長先生が鳴り物入りで開催中だというこの１００円朝食を、多くの教職員もまた利用していたのです。
　トレイを持って席を探していたところ、はたと目が合いました。
「あ！　珪先生、おはようございます」
「おはよう、綾辻さん。ここ、座るかい」
「はい！」
　早川 珪先生の、教員としてはいささか派手な装いは、なにかと目立ちます。そんな彼が学食の一角でお味噌汁などずずずとすすっている光景は、ある意味ちょっとシュールかも。
　珪先生の真向かいの席に腰かけると、綾花はきっちり手を合わせます。トレイの上の朝ごはんと、それを作ってくれた栄養士さんたちへ向けて、
「いただきます！」
　おはしを手に取り、ちょっぴり目移りしてしまいながらも、ほうれん草のゴマ和えをぱくり。
「んん……！」
　しゃきしゃきの素敵な歯ごたえに、思わず声が漏れてしまいました。
　しじみのお味噌汁は、濃厚なお味……貝のうまみを味わいながらもあじの身をほろりと崩して、ぱくり。
「ふぁぁ……！」
　お口と胃袋が、幸せでいっぱいです。
　思わずにこにこ顔で食べていたら、
「はは。綾辻さんは、幸せそうに食べるね」
「……あっ。あまり、見ないでください……」
　油断したところを珪先生に見られていて、綾花、ちょっぴり不覚！　でありました。このところの節約生活の反動か、全力で美味しい朝ごはんを堪能してしまったのでした。
　ほんのり頬を赤くしながら、綾花は先生のトレイを覗き込みます。
「珪先生はなにを選んだんですか？」
「僕かい？　僕は白米にしらす乗せ、白身魚のフライにポテトサラダ。味噌汁は綾辻さんと同じだね」
「このしじみのお味噌汁、おだしが出ててすごいですよね！」
「うん、目が覚める濃厚さだよね」
　なんて、おいしいごはんがあったなら、会話もとんとんと弾みます。言わずもがな、綾花にとっては先生がそばにいるだけでもだいぶ満足ではありますけれど、今日はいつにも増して胸がいっぱいです。
　好きな人と同じ感覚を共有できるのは、思った以上に嬉しいものです。
「珪先生は、いつも朝ごはんって、ごはんですか？　パンですか？」
「そうだなぁ。その時によりけり、だね。でも朝は忙しいことが多いから、パンで軽く済ませてしまうことも多いかな？」
「あ、分かります！　って、私はそのときの特売によって、パンだったりごはんだったりしますけど。でも、なるべくサラダは取るようにしてますね」
「そうか、偉いね綾辻さんは」
　不意にそんなふうに褒められて、にっこり微笑んでくれるもので。綾花のほっぺたはますますもって、ぽわっ！　赤く赤く灯ってしまうのでした。



　食べ終えたらもちろん、ぱちんっと手を合わせて、
「「ごちそうさまでした」」
　と珪先生も声を揃えてそう言ってくれたのも、綾花にとっては幸せのひとつです。
「珪先生。明日の朝は、どうされますか？」
「うん、１００円朝食の期間中は、利用するつもりだよ」
「私もです。本当に助かるので、期間限定じゃなくて定期的に開催してほしいですね」
　トレイを戻したら、今日も学校での一日が始まります。綾花はたくさん食べておなかいっぱい、朝から珪先生の笑顔をたっぷり堪能できて、元気いっぱい！
「それじゃ、今日も一日がんばろう」
「はい！　珪先生も、お仕事がんばってくださいね」



　朝ごはんはやっぱり、大切です。食べなくてもなんとかなるっちゃなるけれど、抜いちゃってもどうにか生きてはいけるけれど、やっぱりそれじゃあ元気が出ないのです。おなかを空かせたままじゃあ、一日を全力で頑張る気力は湧いてこないのです。
　そのことをあらためて実感した学生たちによって、今回の１００円朝食は大絶賛され、とっても盛況を記録しました。
　そしてそして……なんと！　生徒たちの反応に大変気を良くした理事長先生が、期間が終了した後も、１００円朝食を続けてくれることを宣言したのです！
「私だってねー、飲んで寝てばっかりじゃないワケよ！　ふっふん♪」
　そんな発表が放送されるやいなや、寝子島高校には学生たちの喜びの声が響き渡ったということです。

　というわけで、朝からたっぷりエネルギーを補給したら、さあ！　授業のお時間です。
　今日も一日、がんばってまいりましょう♪