また、降ってきた｜リアクション

また、降ってきた

　昨日の夕方から降り出した雨は、今日もしとしとと柔らかく寝子島を濡らし続けている。落合まゆらは自身の通う寝子島アニメーション学院の玄関口の隅で、どんよりとした空を眺めながら溜息をついた。
　授業が終わった午後４時過ぎ。まゆらの専攻している声優科だけでなく、他の科の生徒達も一斉に降りてきて、傘の花を咲かせながら街に消えていく。人混みの中から聞こえた「まゆら、またね！」という友人の挨拶に軽く片手を振って応えると、まゆらはまた雨空を見て溜息をついた。
「バイト、行きたくないなあ……」

　まゆらのバイト先はイタリア系ファミリーレストラン『CamicieＸrosse!!』だ。『CamicieＸrosse!!』は星ヶ丘にあり、シーサイドタウンにあるここ寝子島アニメーション学院との距離はねこでんで１駅。適度な運動になるからと普段は電車には乗らず歩いて行っているけれど、今日はどうしようかなぁ……。
　雨の日のバイトはちょっぴり憂鬱。しばらくまゆらは考えていたが、うんと大きく頷いた。
　やっぱり歩いて行こう。声優は体が資本だし、こんな雨に負けてなんかいられない。
　そうと決まれば善は急げ。まゆらは勢いよく傘を開くと、えいっと雨の中に１歩を踏み出す。そして歩きながらてへと一人舌を出した。
「声優って言っても……まだ志望の身だけどね！」
　そう、あたしはまだ声優の卵。卵は体も鍛えなきゃいけないし、バイトでお金もうんと稼がないといけないのよ！

　しとしとしとしと。柔らかく降る雨の中、まゆらはバイトに向かういつもの道をのんびりと歩いていた。歩くと決めた途端、心にあった何だかもやもやした雲は、どこかへいってしまっていた。それどころか。
（不思議だな……）
　まゆらは霧雨に濡れる街を興味深く眺めた。いつもカラリと晴れ渡る空の下で見る街とは、景色が一変していた。しっとりと濡れ色彩を失った街。軒下にいつも出されている店々のワゴンは今日は出ておらず、道路が広く感じられる。ぽつりぽつりと咲く人々の傘。雨の向こうの街は、何だか知らない街のよう。
　異邦人になったような気持ちで、道を歩く。すると喫茶店の軒下に鮮やかに咲く紫陽花を見つけた。
「わあ、綺麗！」
　まゆらはスマホを取り出し、美しく咲く紫陽花を写真に収める。そしてそれをねこったーにＵＰしながらふふと微笑んだ。
「なんか今日は得しちゃったって感じかな」
　勝手知ったる街の、知らなかった一面。雨の日も存外悪くない。早速『いいね』がついたねこったーに、まゆらは『雨の寝子島も素敵だよね』と呟いた。

　その後も街の様子を撮影しながら歩いていたまゆらは、気付いたら『CamicieＸrosse!!』の目の前まで来ていた。
　いつもピカピカにしている店の大きなガラス窓は今日は雨に濡れ、そこに描かれたポップなハンバーガーやアイスの絵が滲んで見える。その向こうは明るい店内。ぼんやりとしか分からないが大分席が埋まり始めているようだ。店名通りの赤シャツの人影が、止まる事なく動いている。色のない街に浮かぶ、明るく陽気で楽しい職場。

「よーし、今日も元気にお仕事しますか！」
　この時間帯はもっともっと混んでくる。このお店の美味しさは雨なんか関係ないんだから、制服……おへそが出る赤シャツと猫耳サンバイザーを被って頑張らないと。
　まゆらはむん、と意気込むと、明るい店に向かって歩き出した。

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