＜零神探訪＞青の幽玄（ブルー・アルカディア）｜リアクション

＜零神探訪＞青の幽玄（ブルー・アルカディア）

●先遣隊・１

　最優先で確保する必要があるのは、対僵尸の札づくりに必要な『黄色の紙』と『鶏の血』であった。
　これを入手するために、先鋒隊は二手にわかれることにした。

　先鋒隊一班はサキリ・デイジーカッターと八神修、朝鳥さゆるの三人で、鶏の血の入手を担当することになった。それというのも、サキリが撮った写真の中に、鶏が映り込んでいたからだ。
　桃の木の根元にある一本道の洞穴を行き止まりの吹き抜けまで進み、縄梯子を上る。
　上った先に天然の岩棚があり、岩壁に人工的な四角い入り口がぽっかりと空いている。
　四角い入り口を潜った先からが村の居住区だ。
　三人はサキリの記憶を頼りに、僵尸を避けながら、居住区の中を進んだ。
　岩肌に掘られた部屋が続き、部屋と部屋の間は細い通路と簡素な布で仕切られている。
　さゆるは仕切り布を次々と捲って進んでいく。
　防刃仕様のハイネックシャツにロングコート、手にはグローブを嵌め、足元はブーツ。凛と美しい歩き姿は、高校生とはとても思えず、厳しい戦場を体験した精鋭部隊上がりの女傭兵のようである。
「人っ子一人いない……」
　常と変わらぬ無表情ながら、さゆるは内心で訝しむ。
　どの部屋もほとんど物がない。質素すぎる。生活感がないと言っていいくらいだ。
　さらに進むと、壁に、２０センチ四方の、下から上に押し上げるタイプの木戸が並んでいる。
　鍵はない。さゆるが開けてみると真っ白な霧が入ってきた。
「外はすぐ崖なのね。鶏は？」
「もう少し先に」
「急ごう」
　仔細な探索はあと、と修が促す。
　彼はジンに聞いたことのほかに、自分の知識も総動員させていた。

「血は体毛が黒い雌鶏がいいらしい。あるいは黒犬。どれもないなら、ユチェンに尿を頼むしかないな」
「ユチェンの尿？　八神、とうとうそっちの趣味が……？」
「いや、そうじゃない。僵尸は、男児……というか童貞の尿に弱い、っていう話があるんだよ。僵尸に噛まれたときは童貞の尿をかけるといいとか。ユチェンが童貞なら、だけど」
「そうかもしれないけど、尿をくれと言われたらさすがに恥ずかしがるだろう。自分のじゃあダメなのかい？」
　あきれ顔で聞くと、修は、ものすごく素で切り返してきた。
「……デイジーカッター。童貞なのか？」
「……」
「……」
　大人びた美貌のさゆるが、無表情な切れ長の目で一瞬だけ、男子たちを見遣る。
　あれ、今、いったい何の話をしてるのだっけ？
　サキリは、真顔で視線を正面に向け、話題を変えた。

「生のもち米や鏡も僵尸に有効だと聞いた事がある」

　そうだ。尿以外にもいろいろ効くといわれているものがあるじゃないか。
　なんとかユチェンの尿以外の手段を確保したいサキリである。

　しばらく行くと外に出た。霧の中、崖っぷちに猫の額ほどの広場があり、柵がしてある。
　こここ、と鶏の鳴き声がして、霧の中から突然鶏が突進してきた。
「八神！」
「うわ！」
　しりもちをつきながらも、修は飛びかかってきた鶏を両手で抱え込む。頭と首回りがやや茶いが、胴体と尾は碧がかった黒い羽根の雄鶏であった。
「真っ黒でも雌鶏でもないけれど、ぜいたくは言えないな」
「他の鶏を捜している時間はない。シメるわ」
　何の感慨もなくさゆるが言い、修の腕の中にいた鶏の首根っこを鷲掴みにした。
　持ち上げられ、鶏はばさばさと羽根を広げて暴れた。それを見てサキリが申し出る。
「僕がやろう。その方が苦しまない」
　サキリはさゆるから鶏を受け取ると、良く研いだナイフで一気にその首を掻き切った。
　修がその血を壺に受け止め、回収する。
　しっかりと蓋を締めたそのとき、とん、とん、と一定のリズムで跳ねる足音がして、僵尸が目の前に現れた。サキリはナイフを仕舞い、代わりに街で買っておいた鉈を構える。と、僵尸が足をもつれさせたようにつんのめって倒れた。サキリが仕掛けておいた、足首の高さに張ったロープのトラップに引っかかったのだ。
　僵尸は数秒倒れていたが、ばんっとばね仕掛けの人形みたいに人ならざる動きで起き上がった。
「八神、朝鳥。その血を持って先に戻って。僕が囮になって引き付ける。ある程度引きつけたら瞬間移動で皆のところに戻るよ」
「分かった。気をつけろよ」
　修は踵を返して、もと来た道の方へ走り出す。
　サキリの赤色の目がギラリと鋭く光った。
「僵尸は村人が変化した可能性もある……赤刃で切り刻む訳にはいかないか。なら、悪いけれど、逃げ回らせてもらうよ」

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