＜零神探訪＞青の幽玄（ブルー・アルカディア）｜リアクション

＜零神探訪＞青の幽玄（ブルー・アルカディア）

●墓室～ウン・ウェンダオの行方・２

「気を付けて！　師匠は武術を会得しています！」
　ジンの声に、サキリは「了解」と答える。もっともジンに聞くまでもなく分かっていたことだ。
　他の僵尸とは動きが段違いに速く、無駄がない。生前、相当鍛錬を積んでいたに違いない。
　こちらは鉈という刃物を持っているのに、素早い手刀で裁かれ、逆に蹴りを入れられる。
　これまで、僵尸は村人かもしれないという懸念から手加減していたサキリであったが、
「どうやら全力で戦わないといけないようだね」
　唇を舐める。
　楓の奮戦のおかげもあり、この戦い、ほかの乾尸や僵尸の邪魔はなさそうだ。
　ただ、鉈一本では如何ともしがたい。サキリはジンに叫び返した。
「ジンさん！　桃木剣を貸して貰えないか！」
「そんなもの、持ってませんよ！」
　持っていない？　見習いとはいえ道士なのに？　そう訝しむ間はなかった。
　暗がりの反対側から神薙焔の声がして、
「あたしのを使って！」
　と投げ寄こしてきたのである。
　焔は先ほど、あたりが僵尸だらけになって散り散りに逃げた際、墓室から脱出し損ねて、起き上がったために主のいなくなった棚の片隅に身を潜めていたのである。
「助かる！」
　サキリは鉈を左手に持ち替え、桃木剣を右手で受け取る。
「来い」
　僵尸ウンの鋭い手刀が繰り出される。重心は低く。達人の動きだ。
　サキリは頑丈な鉈を盾代わりとして手刀をはじき返す。
　鉈が防御用だとすると一方の桃木剣は攻撃用。
　長い刀身で突くように繰り出すと、今度はウンのほうがそれを蹴り上げ防御に転じる。
　だが、サキリにとってはそれも計算のうち。
（――空間よ、切り裂け！）
　＜斬空赤刃＞で高速で連続転移し、自らの位置捕捉を困難にさせたのち、僵尸ウンの首筋に一撃！
　反撃される前にその場を離脱。
　反対側に転移して、もう桃木剣でみぞおちを打つ。
　離脱したその背後で、僵尸ウンが倒れたのが分かった。
「ヒュウ！　一丁上がりね！」
　暗がりの中から焔が駆けだして来て、ウンの額に札を貼る。それで、この戦いは決着であった。

　あたりは、倒れ崩れた乾尸と、札を貼られ大人しくなった僵尸ばかりとなり、静かな闇が戻ってきていた。
「こいつが師匠か、ジン」
　楓が、埃で曇った眼鏡を外して、見えにくそうに目を細める。
　ジンは師匠の前に膝をついてその顔を見つめていた。
「人は……」
「ん？」
「人は、なぜ死ぬのでしょう。死など、なければいいのに」
「その気持ちはわからなくもないけどな」
　戦場では死はありきたりのものだ。死にたくない、と呻く人間も。
　そうは言っても、
（生死反転なんてのは碌でもねえってのはフツウに考えりゃわかりそうなもんだが……）
　そう思いながら、楓は眼鏡を掛けなおす。
「ともあれこの状況を作り出してる奴は、ほぼ確実に聖域内に居るはずだ。んで、その鍵は恐らく、このお師匠じゃねぇかと思うわけなんだが……話を聞けるカンジじゃあなさそうか」
「残念ながら」と焔が答える。
　札を貼られ動かない老人はもう、生前のウンではない。
　話も出来ず、札が剥がれれば生き血を求めて襲い掛かってくる夜の怪物以外の何物でもない。

　そのとき、物陰に隠れてかさこそと紙切れを開いていた瓢が「ちぇっ」と舌打ちをし、大股で歩いて来た。
　詰まらなさそうに唇を尖らせ、紙切れをジンの眼前にずいと差し出す。
「不死の秘訣か、僵尸を操る術でも書いてあるかと思ったんだが……読めん！　読めんが、宛名くらいは読めた。あんたのお師匠さんから、あんた宛てらしい。やるよぃ」
「は、はぁ」
　茫然とするジンを尻目に、瓢はすたすたとその場を立ち去る。
　目を落とせば、紙切れは、ジンに宛てた師匠ウンの手記であった。