●＜日光・東照宮＞　その4

　賑やかに、そして時には不穏に物見遊山と洒落込んで歩いてきた3人だったが、いざ参拝となれば恙無く、一般的な作法通りに並んでパンッ！　と手を合わせた。しばしそのまま押し黙り、各々に願いを唱える。
　そうして拝殿を後にして、少しした所で詠 寛美が足を留め、それで、と他の2人を振り返った。

「願い事は何にしたんだ？」
「おいおいよっちゃん、こういうのは言わぬが花なんじゃないのか？」

　そんな寛美の問いかけに、まずはそんな風に七峯 亨は茶化して見せた。願い事は言わねば叶う、言えば叶わぬ――なんて迷信は、むしろ女子の方が詳しそうなものだけれど。
　さりとてそんな言葉を吐いた亨自身、あくまで戯言のように口にしたに過ぎなくて。次の瞬間にはニヤリと笑って、悪びれもせずしれっとその願いを言い放った。

「俺の願いはそりゃ、じきプール開き、別嬪さん方の絶景を特等席で沢山拝めますように、だ」
「おーおー、煩悩が滝を流れてくような願い事だねーこのエロガッパ」

　そんな兄のセリフに、七峯 凜乃は女子代表の気持ちで侮蔑の表情を浮かべて見せた。身内だからこそ、まったくもって遠慮ない。
　指先でぷちっと潰すジェスチャーをしながら、凛乃は歯も出しにやりと笑う。

「あたしは虫に着替え見られたって気にしないけど、轢いても気にしないぜ。ヒロも好きにやっちゃってくれていいし。カルキノスどころか蚊の気分でも味わいな」
「おーおー、まったく実におっそろしい女神様だぜ。……ま、冗談さ。そんなのぁ頼まずともてめぇで何とでもするさ。ホントは今の悪友三名槍みたいな様子が景気よく続きますように、だ」

　そんな妹の凶暴な反応と、一緒に指をパキパキ鳴らす友人の反応を悪趣味に楽しんでから、亨が吐いた本音の願いにも凛乃は、真面目かよー、と茶化して見せる。とはいえ実は彼女の願いとて、真面目の種類に大差ない。
　こんな所まで真似ちまったみたいできまり悪いね、と息を吐く。実は先の参拝も、あまり馴染みがないからと兄のするのを見様見真似でしたに過ぎないのだ。
　やれやれ、とほんのり苦い笑みをきまり悪く零した。

「あたしの方はバイクの卒検受かりますよーに、真面目2号で悪いねぇ。ヒロはー？」
「俺は、まぁ……もっと強くなりたい、ってとこかな」

　尋ねたからには自分もと、寛美が告げた願いも同じく真面目。神にかける願いなど、誰も得てしてそんなものなのかもしれない。
　そんな風に語る3人の、少し離れたところでは遠野 まほろが、良かったなぁ……と何度も『三猿』と『眠り猫』を思い返しては、感動に浸っていた。
　『三猿』も『眠り猫』も、どっちも可愛いんだろうなぁ、と思っていて、ここにきたら絶対に見たいなぁと思っていたのだ。だから、実際に目に出来て感無量だし、ふとした瞬間にその姿が脳裏に蘇ってはまた、感動が込み上げてくるのである。
　せっかくだから帰り道でも、その姿を堪能して行こう、と思う。それから、他にも日光東照宮のことで知らなかいことを、色々と勉強して帰りたい。
　パラ、とパンフレットと遠足のしおりを手にそう思う、まほろと同じように脳裏に何度も木彫りの動物を思い返したり、時折は動物に目を奪われながら、多喜 勇生はけれどもすっかり頭を抱えていた。

（……正直、レベルが高すぎて逆に参考にならない！）

　せっかくだから木彫りの動物を作ってみようかなぁと思い、たくさんの動物モチーフの装飾をよく見て参考にしよう……と思っていた勇生である。だがどれも今にも動き出しそうなくらい造形が良いし、場所が場所だけにどの動物も神々しく見えて来るしで、参考どころか自信がゴリゴリ削られる始末。
　はぁ、とため息を吐く。

（僕もこんな作品を作れるようになれるかなぁ）

　つい気弱にそう考えて、そうじゃない、と首を振る。思ってるだけじゃ駄目なのだ、まずはとにかくやってみなきゃ判らない。
　自分なりに頑張ってみよう、と決意を固める勇生が改めて見上げた三猿をオルカ・ヴィヴァルディも見上げて「へ～」とのんびり楽しげな声を上げた。

「これが日光の三猿か～」
「三猿は色んな国にあるから知っているか？」

　そんなオルカの、だが今までのぽやんとした（失礼）反応とは少し違った声色に、獅子目 悠月は軽く目を瞬かせた。実は『日本では』この日光東照宮が有名だが、三猿のモチーフ自体は古代に海外からもたらされたという説もあるくらい、世界各地で見られるのだ。
　インドもしかり。意外なところではアメリカなどでも、このモチーフが使われている建物があったりする。

「ここのは人間の一生が風刺されている一部で……ッ！？」

　ゆえにその前提で説明してたら、突然視界を塞がれて悠月は小さく息を呑んだ。そんな反応に、犯人のオルカは声に出さずくすりと笑う。
　自分の耳や目、口を塞ぐ猿の彫刻を見て思いついた悪戯。といってももちろん、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ悠月の目を塞ぐだけだけれど。

「Chi sono～？」
「ふ……！」

　だ～れだ、とイタリア語で耳元で囁いた、その声よりもまず耳元にかかる息に一瞬声をあげたたらを踏んだ悠月は、次の瞬間にはオルカの手を振りほどいて振り返り、きッ！　と力強くオルカを睨みつけた。――涙目になんてなってない。

「お前というヤツは……！」
「あ～、うんごめん」

　そうして、けっこう本気で怒る悠月に、オルカは素直に両手をあげて降参のポーズになった。とは言えそれはあくまでポーズだけで、本当に悠月に参ったわけではない――別の意味ではとっくに参ってるけど。
　何しろ怖いというよりは、ただ可愛いだけの刺激的な眺めに過ぎなくて。もっとも、そう言ったらもっと怒られそうだから黙っておこう、と胸の内だけでほくそ笑む。
　……チロ、と睨まれるように見られたから、それも気付かれていたかもしれないけれども。そんな風に賑やかに進み、ゆえにまだまだ辿り着くのは遠そうな奥のお守り売り場では、望月 神無が義兄夫婦と恋人へのおみやげ探しに頭を悩ませていた。
　昨日、前日にネットでいいお土産がないか調べたら、厄除けの鈴が売っていると書いてあったから、それにしようというのは決めている。ついでに言えば、義兄と姉貴にはピンクと水色の鈴を買う事も、すぐに決まった。
　が、問題なのはもう一方、恋人の方。普通の鈴か眠り猫のついた鈴にするか、ずっと迷って決められないのだ。

（普通の鈴もいいけど、あの人獣医だしなぁ）

　やはり動物モチーフの方が良いだろうか？　でもシンプルな方が使いやすそうだし実は喜ばれたりするのでは……と、先刻から頭の中がぐるぐるしっぱなしの神無である。
　どうしたものかと立ち尽くして悩み続けている神無の耳に、「叶鈴御守を下さい」ときっぱり告げる声が聞こえた。叶鈴御守――まさに神無が今迷っている、眠り猫のついたお守りだ。
　ちら、とそちらについ視線を向けたら、クラスメイトの綾辻 綾花が居た。近くには早川 珪先生もいる。
　何となくまじまじ見てしまう、神無の視線に気付いて綾花が「神無さん」と目をきょとんとさせた。

「神無さんもお守りを？」
「ああ。お土産にどうしようか悩んでて――あんたはその猫の鈴にしたんだな」
「はい、即決です」

　神無の言葉に、叶鈴御守の入った紙袋を受け取りながら、綾花はこっくり頷いた。眠り猫と鈴の組み合わせが好み過ぎて、迷う余地もなかったのだ。
　かさ、と早速紙袋を開けて取り出したお守りの、鈴の色は綺麗な青。眠り猫が取れないよう、大切にしなければ、と手に包み込む。
　それから綾花は早川先生を振り返り、あの、と声をかけた。

「珪先生。一緒にお守り買いませんか？」
「そうだね、せっかくだし1つ――望月さんは？」
「……俺も、眠り猫のついた鈴をください」

　そんな綾花のお願いに、早川先生が快く頷いて神無にも声をかける。それに、流されるように神無は結局、眠り猫のついた鈴のお守りを購入した。
　こうして見てみても可愛らしいデザインだが、目立つところにつけなければ大丈夫だろう、と自分に言い聞かせる。ついでに胸の中だけで、これはお土産だからな、自分で使うんじゃないからな、と誰にともなくアピール。
　そそくさとカバンにしまう神無の傍らでは、綾花が早川先生に「珪先生は何処に付けますか？」と尋ねていた。そうして2人で、かぱんや携帯や、色々と候補を上げている。
　その、とこのまま無言で去るのも悪いかと、神無は2人に声をかけた。

「あとは食べ物系のお土産探しに行くから、また……」
「あ、私も揚げ湯葉饅頭を買いたかったんです。両親へのお土産に……珪先生もいかがですか？」

　そうして結局、お菓子などのお土産が売っている店が立ち並ぶ界隈まで、神無と綾花、そして早川先生は一緒に行動することになったのだった。