あなたの財布に１０万円！｜リアクション

あなたの財布に１０万円！

　――明日以降も残る物を買うのは問題ない、かな？
　恵御納夏朝の問いに、鈴の鳴るような声が『はい！』と応じる。
『全く問題ありません！　どうかどうか、よろしくお願いしますね！』
　ミラの返事に、夏朝は、ほう、と安堵の息を吐いた。
「……でも、貯蓄とかは駄目だから、ええっと……」
　考えて考えて――夏朝は、『いざという時の備え』をこの機にと思いつく。
（寝子島に何かが起こった時用に、防災用品や非常食とかを、セットで買っておこう）
　そう思い決めるや、夏朝は早速、キャットロードの方へと歩き出した。
　防災用品を扱っている店は……とうろきょろしていた夏朝の目にとび込んできたのは、
「たい焼き……かぁ……」
　という具合で、甘く香ばしい匂いを漂わせているたい焼き屋さんの看板だ。
　こだわりのたい焼き！　と立派な字が踊っていた。
「こだわり……美味しそう……」
　気付けば、それなりにお腹も空いている。
　少し並んで、つぶあん、こしあん、カスタード、チョコレートのたい焼きをＧＥＴする夏朝。
　支払いには勿論、あの１０万円を使った。
（これで、少し使えた……）
　近くのベンチに腰を下ろし、たい焼きの包みを開く。
　そうして初めて、夏朝ははっとなった。
（たい焼き４個……結構多い……）
　１人で食べ切れるかどうか、今になって心配になってきた、その時だ。
「あ、夏朝！」
　聞き覚えのある声がしたと思ったら、足音が近づいてきた。
　声の主は犬杜初。その後ろに続くのは犬杜一閃だ。
「あ、初ちゃんに一閃さん。こんにちは」
「なになに？　何だか美味しそうなもの持って……って、多くない！？」
「そうなんだ、少し買いすぎちゃって……よかったら１つ、どう？」
「え！？　いいの！？」
　夏朝がこくと頷けば、初は「やったぁ！」と声を弾ませる。
「ね、ね！　あんたは、どれ食べるの？」
「初ちゃん、先に選んでいいよ」
「ほんとに！？　じゃあ、ういはチョコレー……」
「初、少しは遠慮というものを……」
　一閃が従妹に年上らしい苦言を呈しようとするが、
「はい、初ちゃん」
　と、夏朝は初に、チョコレート味のたい焼きを差し出した。
　そして夏朝は、一閃の方へと顔を向ける。
「冷蔵するより焼き立てが美味しいから、一閃さんも好きなのをどうぞ」
　夏朝の言葉に少し考えて、一閃は「……なら、つぶあんを」と短く言った。
　３人でたい焼きを食べた、その別れ際。
「……あまり、無理はするなよ」
　ぽつ、と、一閃が零した。
　灰色の眼差しに、何かを察したのか、夏朝を案じる色が浮かんでいる。
「うん、大丈夫。またね、２人とも」
　小さく手を振って２人と別れ、夏朝は胸の中に繰り返した。
（そう、大丈夫。ミラちゃんや世界の為にも、意地でも使い切ってみせるから……！）
　決意を胸に抱く夏朝が次に足を止めたのは、ちょっとリッチなベーカリーの前だ。
　どうやら、サンドイッチがオススメらしい。
（手作りサンドイッチ……ちょっと奮発して、今日の晩御飯作ろうかな？）
　ベーカリーに足を踏み入れて、高級な食パンを買い求める。
　それから、いつも買っているものより高級な卵、無農薬のトマトやレタス、きゅうり……。
（ツナ缶も高めの物を買って……うん、こんな感じ、かな）
　当初の目的だった防災用品セットの購入も済ませて、寮に送ってもらった。
　その代わりのように、夏朝の手には、サンドイッチの材料が入った袋が沢山だ。
（そうだ、高級猫缶も買って帰ろう）
　――僕が今晩贅沢するなら、こっそり飼ってる猫さんの分も贅沢にしないとね！
　家で待っている愛猫の顔を思い浮かべて、夏朝は足取りを軽くする。
（今日だけだけど……待っててね！）
　人騒がせな１０万円は、もう殆ど、夏朝の財布から消えていた。

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