サイズもさまざまの夏制服に冬制服、学校中の部活から借り受けて来たユニフォームに始まり、ドレスにマントに着物に浴衣、集めに集めて更衣室のハンガーラックを圧迫する衣装の中から、遠野 まほろは黒いマントを選び出す。
　ハンガーに掛けたままの衣装のどこにもほつれや汚れがないかを素早く確かめ、
「アケーチさん、これでいいかな？」
　姿見の前でスーツ姿の己を検分するアケーチ・タッマーキに広げてみせる。
「ありがとうございます、まほろさん」
「必要な小物があれば言ってね？　大丈夫？」
「お陰様で全て揃っております」
　艶やかな笑みを浮かべるアケーチの痩せ型の肩にマントを着せ掛け、胸の前で華やかなフリルのリボンを結べば、出来上がるのは全身をマントで覆い隠した怪しい人物。
「それじゃあ、」
　金ぴかカードを手にうきうきとトリエンナーレ受付を訪ねて来た顔見知りのほしびとに、まほろはふうわり笑いかける。
「いってらっしゃい！」
「はい、行ってまいります……！」
　可愛らしい見送りに胸を弾ませつつ、アケーチは出演の呼び出しを待って舞台袖に向かい、そこからライトの光も眩しいステージへと颯爽と飛び出して行く。
　客席からの好奇のまなざしを恍惚として受け止めて悠々ウォーキングし、キャットウォークの先端にまで至ってから、怪しげに、しかし優雅に一礼する。
「ふ、ふふ」
　堪えきれない笑みを唇の端から零し、顔をあげる。
「流浪のアーティスト、明智と申します。お祭りに参加でき光栄です……！」
　アメジストの瞳にライトの光をきらきらと輝かせ、アケーチは朗々と声を響かせる。
「高校時代は演劇部に所属しておりました」
　堂々とした顔つきで堂々と嘘を吐く。
「今日は学生時代に演じた歌劇『ロックな天使～紫衣編～』の堕天使役の姿で歌い踊りたいと思います、ふふ……！」
　堂に入った仕草でマントを脱ぎ捨てれば、如何なる仕掛けか、最初に着ていたはずのスーツも一緒にすぽんと脱げてしまう。
　ギリシャ彫刻とも見紛う裸体の、一番見えてはならない部分を唯一隠すは、紫色したリボンのみ。

　講堂中から巻き起こる悲鳴と歓声と拍手とどよめきに、アケーチは変態的に美しい笑みを咲かせた。一糸だけ纏わせた裸体をとんでもなく危く舞わせ、

　嗚呼　このリボンを解けるのは　
　貴方の愛と指先だけ

　冒涜的な美声と見る者の目を色んな意味で奪う舞踏を見せるも、
「いけません！　乱れすぎです！」
　トリエンへの出場を終えて客席から観覧していた風紀委員、貴家 衿花が頬を赤くしたり蒼くしたりしながら放ったチョークが額にヒット、
「嗚呼！　何たる甘美な痛み……！」
　額に白い粉を張り付け、新たな快感を見つけたイケナイ表情で仰向けに倒れるアケーチを、舞台袖から恐ろしい速度で駆けて来た御剣 刀が確保し、あっという間に舞台袖へと引きずり去って行った。
「続きましては！　『寝子島高校野外行動研究会』！」
　バニーな青山 絢が姿を現し、何事もなかったかのように進行を務める。
「神薙 焔さんと、我こそは寝子高のアイドル！　な剣崎 エレナさん！」
「もちろん！　私こそが寝子高のアイドル！」
　金髪縦ロールの髪を華麗に揺らし、黒いライダースーツを纏ったエレナがステージに飛び出す。手にはキャンプ用品である高輝度のライトを入れて夜間のように眩しく輝かせたランタン、もう片手にはライフル仕様のモデルガン。
　軽やかな足取りでキャットウォークの端に行きつき、腰に手を当てポーズを決めるエレナの後ろに続くは、巨大な背嚢を負った焔。エレナと揃いの黒いライダースーツに夏草色の瞳を覆うゴーグル姿で、焔は無言のまま手早く素早く、ステージに簡易テントを設置してみせる。
　テントの中にはシュラフを広げ、ターフを張った入り口にはエレナが持つものと同じ仕掛けを施したランタンを置く。
　そうするだけで、昼間の講堂の舞台は見る間に野営の夜の雰囲気となった。
　輝く星をランタンの明かりを頼りに眺めるような仕草を見せて後、焔は星より輝くような笑みを顔に浮かべる。
　今回のトリエンナーレ出場で焔が表現したいのは、研究会が普段から取り組んでいるキャンプとサバイバルゲームの楽しさ。
(伝えられるといいわね)
　たとえば、キャンプ装備は必要なものをちゃんと揃えないと最悪命に関わるということ。少人数でもテントがないと天気が崩れたときに困るということ。寒気を塞ぐシュラフはしっかりとしたものを用意しなくてはならないということ。
(あんまりゆるくないキャンプも楽しいわよ)
　ワンタッチで設置したテントの具合を確かめる。最近のテントは簡単に張れるため、デモンストレーションには最適だ。
(うん、映えるわね)
　もちろん実際のキャンプではペグと呼ばれる杭できちんと固定しなくてはならないものの、ここではとりあえず、これでいい。
「エレナ先輩！」
　準備ができたところで、焔は彫像の如く佇んでいたエレナを呼ぶ。
　戻って来たエレナと共、テントから少し離れた場所に空き缶を並べて見立てるは、研究会の本領、夜戦サバイバルゲーム。
(戦闘して見せるのはちょっと危険だからね)
「優雅に！　華麗に！　この寝子高のアイドルが決めてみせるわ！」
　テントの影に片膝をつき、エレナがモデルガンを放つ。数発撃ったところで、倒れた空き缶はゼロ、けれどその直後、先輩のミスをリカバリーするかの如く、焔は手にしたハンドガン仕様のモデルガンの早撃ちで空き缶を吹き飛ばしてみせた。

　高い音を立てて跳ね飛ぶ空き缶に、客席から感嘆の声と拍手が沸く。
　模擬敵を倒した後は、
「撤収よ！」
　エレナの鋭い掛け声に合わせ、焔はシュラフとテントを素早く片付ける。ランタンを背嚢に吊るし、空き缶と薬莢を回収すれば、キャットウォークは元通り。
「来た時よりもきれいに、がモットーね」
　客席に向け、焔は鮮やかに笑って見せた。荷物を背負い、エレナと共に舞台の上から消える。


「ありがとうございました、エレナ先輩」
　舞台袖で協力してくれた先輩に礼儀正しく頭を下げれば、
「いいわよ、このくらい」
　前回のトリエン実行委員長はほんもののアイドルのようにウィンクした。
　トリエナーレを楽しむ焔とエレナの脇を、銀色縦ロールに猫耳つきベレー帽姿の少女が足早に通り過ぎて表舞台へ飛び出す。
「続いては、帰宅部の匿名希望さん！」
　ステージの端で高らかに紹介してくれるバニーに軽やかに会釈して、アイオ・キャンドライトは俯きがちにキャットウォークを進む。

(匿名でさっと出て、さっと帰りましょ)
　そう思い続けてここまで来たのに客席からの拍手と歓声が耳に届いた途端、寝子高生のふりをしているほしびとは思わず顔をあげてしまった。目深に被った帽子の下から、客席を埋めるたくさんの観客を見てしまった。
(やっぱり、……)
　たくさんのひとのまなざしに、心が疼いた。
　幼い頃からバーで雑用として働き、時折歌を披露させてもらって生計を立てているものの、本当は、
(本当は、大好きな歌だけでやっていきたい……！)
　このまま、目立たぬまま踵を返して引っ込んでしまうのが悔しくなってしまった。できるならば、歌を一曲披露したくなってしまった。
(ワンフレーズだけ、即興で、ちょっとだけ)
　キャットウォークの先に立ち、アイオは顎を上げる。青い瞳をまっすぐにもたげ、


　私は帰宅部　今日も歩くの
　遥かなる帰路へ　まっすぐに


　伴奏もなにもなし、ゆったりと伸びやかな声を講堂に響かせる。
　歌い上げてから、はたと気づいた。客席の視線が自分に集まっている。
(思いっきり目立ってしまいました……？！)
　纏わりつく視線を払うように勢いよく一礼し、くるりと踵を返した後は、誰の声も聞かずに撤収する。もし何かの賞をもらえるとしても、
(全部辞退辞退！)
　全力ダッシュで舞台から去り、講堂からも全力疾走で離れる。校舎裏に行きついてやっと一息、ベレー帽を被り直せば、
(寝子高生あいお復活！)
　今度こそ、とアイオは顔を上げる。
(出店回りを楽しみますわ)
　ステージに上がる前に通りがかった中庭には、お祭り屋台に始まり美味しそうで楽しそうなお店がたくさん並んでいた。早速中庭へと向かってみれば、
(わあ……！)
　出店に挟まれた通路の一角、フランクフルトにポテトに焼き鳥焼きトウモロコシ、綿あめ唐揚げ金平糖、山のように食べ物を豊満な胸に抱えた女子高生とすれ違った。
(あんなにたくさんは食べられはしませんが、)
　アイオも、と青い瞳を輝かせるほしびとの少女の熱いまなざしに気づいてか気づかずか、巫部 紫苑は紅い瞳をおっとりと瞬かせる。ついでに手にした綿あめをぱくりとひとくち。
(出店巡りはやっぱり楽しいですね)
　口の中で溶けてなくなっても残る甘さにふわふわと微笑んで、ふと、中庭の向こう側に見える講堂へと視線を向ける。大きく開かれた講堂の入り口のその奥、大勢の観客に囲まれたステージが見えている。
(そういえば)
　今日の出店巡りの途中、『B☆Iトリエン実行委員会』の金ぴか腕章をつけた学生をたくさん見かけた気がする。
　フランクフルトをもぐもぐしながら考える。同じ色のカードを、さっき手にした覚えがある。制服のポケットを探って、金色カードを取り出し眺める。
「このカードってあれの事だったんですねぇ」
　何の部活にも入っていない自分は、帰宅部ファッションをお披露目することになるのだろうか。
(……まあ、このままいきましょうか)
　講堂に向かい、入り口近くに設けられた受付で金ぴかカードを示す。メイクは入用ですか衣装はどうしますか、と大歓迎してくれる実行委員の言葉をのんびりとかわし、紫苑は両腕に食べ物の入った袋を持ったまま、時々食べ物を口にしながら出番を待つ。
　順番が回って来るなり微塵の緊張もなく舞台に進み出、キャットウォークを優雅に歩く。
　もちろん、食べ物の袋は両腕に大切に提げている。
　道の先端でクルリ、スカートを翻して華麗にターンしてみせる。ちらりと覗く艶めかしいまでに白い魅惑の太腿に、客席の前方に陣取る男子生徒たちから雄叫びに近い歓声があがった。
　拍手と歓声を浴びせられても、紫苑は全く動じない。
(何か話した方がいいんでしょうか？)
　小首を傾げてちょっとだけ考えて、ひょい、と両手に提げた食べ物で満杯の袋を持ち上げて見せる。

「これ、出店で買ったんですけど……『トリ麺ナーレ　アンコーラ』のお品です」
　取り出すのは持ち帰り仕様にしてもらったひんやりぷるるんな水饅頭と猫島軒特製杏仁豆腐と、それから稲荷寿司＆バラ寿司。
　それらをどこまでも美味しそうに上品に、けれどぺろりと平らげて、
「っと、まだ食べ歩きの途中なんでした」
　紫苑は淡く微笑んだ。
「……では、私はこれで」
　楚々とした会釈をするなり、キャットウォークを戻ることもせず、檀上からよいしょと降りる。何事もなかったかのように客席を抜けて行く彼女が向かうのは、再びの中庭出店ゾーン。
　紫苑の出店全店制覇の旅は始まったばかりなのだ。



「あら個性的」
　客席の前方に陣取り、熱心なまなざしをキャットウォークに向けていた初瀬川 理緒はくすりと唇を笑ませる。
(制服の着こなしは何の変哲もないけど、なにあのけしからん体型)
　しかも抱え込んでいた食料のカロリーは、ざっと計算しても理緒が日々苦労して制限している一日分の数倍以上ある。
(しかもまだ食べ歩くつもり……？)
　羨ましいと言えばいいのかどうかも分からず、現役グラビアアイドルは黒い瞳をむむむとしかめた。
(あたしだって！　ストレス解消に甘い物お腹いっぱい食べたーい！)
　最近はグラドルとしての仕事に加え、『偏差値三十からの大学受験』なる雑誌企画のせいで超絶大嫌いな勉強をせざるを得ない、ストレスフルな状況に追い込まれている。
(あーあ)
　折り畳み椅子の背もたれに背中を押し付け、講堂の天井を仰ぐ。
(今日は紗月も隣に居ないし)
　恋人である佐和崎 紗月は、トリエンナーレ実行委員会に所属している。今日は一日、実行委員としての仕事にかかりきりらしい。
(仕方ないわよ、今日はおひとり様でのんびり過ごせる、……かしらね？)
　溜息ひとつ、理緒はステージへと視線を戻す。学生を主とするステージではあるけれど、出場者の着こなしやパフォーマンスは吟味に値する。流行やファッションは、理緒にとっては受験勉強の最中であるとしても第一に追うべきもの。
　一見個性のない部活のユニフォームや学校の制服も、その気になればいくらでもおしゃれにできる。ともすれば着ている人の魅力をより一層引き立てもする。
(侮れないのよね)
　それに、他人の着こなしは自分のファッションセンスのいい刺激にもなる。
(さあ、次の出場者は……)
　真剣な眼差しを舞台へと向ける彼女は、まるで審査委員のようにも――
(見えない、か)
　くすり、ひとりであっても理緒は楽し気に笑った。